落ちてみてこれかと気付く目の鱗 目に入れても痛くなさそな鱗雲
〈目の鱗が落ちる〉のだから、落ちる前と落ちた後の視界の変化や、目の中の感覚の変化がある筈です。それに、落ちた鱗はどんな色形をしているのでしょうか。そんなことを真剣に考えたことがありました。小学生のころ、担任の先生がお休みの時に代行で来た先生は、オールバックの美術(図工)の先生でした。算数の時間だったので、算数の問題が黒板に大きく書かれました。3×8-□=20この程度の数式です。「この□のなかに数字を入れないで答えを書きなさい」学習塾に通っている上原さんという女の子が、黒板に出て正解を書きました。
3×8-□=20 24-□=20 24-20=□ □=4
「分からない数字をXで表すのを中学に行くと教わるよ」と先生。みんなに考えさせた時間は、おそらく30分以上ありました。「答えの分かった人は黙っているんだよ」と言いながら50人以上の教室を巡視した先生は、手も足も出ないで考え込む団扇の顔を覗き込んで「君はなかなか考え深い子だね」と言ってくれました。『そうか、なんの手掛かりのない問題も、考え続けることに意味があるんだな』先生の名前は中條(ちゅうじょう)さん。東京都と川崎市は多摩川を挟んで隣同士ですが、塾通いの比率は段違いでした。(あとで知りました) クラスで家にピアノがあったのは上原さんだけ、俳句とハモニカが趣味だった父のお蔭でハモニカは買って貰えた団扇です。縦笛(リコーダー)を買うことを薦められましたが、買えない買わない子が多くて、使い古された木製の粗末なカスタネットで「ガキ大将」もいじけていました。夕飯にしますので、また明日。

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