

川柳成増吟社で次回の題が「自己紹介」という紹介された後の二次会で、旧作品の〈人生は自己紹介の繰り返し〉を披露して、旧作ですから次回に投句しないけれども、これに尽きますねと話しました。
どんな集まりでも「自己紹介」をさせられるのが嫌だから行きたくないという人に出会います。恥ずかしがり屋で、お喋りが苦手と解釈していましたが、ある時「どう伝えるか」ではなく「わたしは何者であるかの自己認識」に悩んでいるのかも知れないと思い至りました。
「自己認識の安定が進歩の終着」を意味するとしたら、恐ろしいことでもあります。提出された作品には〈構えて大きく見せるタイプ〉と〈必要以上に謙虚に見せるタイプ〉がありました。川柳作品のややこしいところは、自己を詠んだのか他者を詠んだのか分からないところ、本音か虚構か洒落化かが分からないところです。おまけに、文学的な技巧も加わりますから、さらに話は複雑です。〈わたくしは〇〇が好きな人間です〉という表現方法も見られました。相良直美「好きなもの」を列挙する歌詞、面白いですね。「わたしってぇ、コーヒーより紅茶が好きな人じゃないですかぁ」と自己紹介する同僚の女性もいました。
団扇は互選で〈天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)〉に◎を付けました。形は4334の十四字詩になっています。川柳に引用や本歌取りは大切なテクニックですが、そのままでは川柳として成立しないことは当然です。団扇ならば〈天上天下唯我独尊とは小癪〉とでも詠んだでしょうか。
釈迦が摩耶夫人の右脇から生まれた直後に七歩歩いて、右手で天を指し、左手で地を指してこう言ったという逸話です。「生意気なガキだ」と言ってみんなして甘茶をかけたら、かっぽれを踊ったまでくると落語の世界です。団扇が40年務めた天台宗の駒込学園では、学校行事で「日の丸」は掲げず「お釈迦様の立像への甘茶」が伝統でした。それはさておき、紀元前623年の釈迦の産声が伝えられる限り「自己紹介の嚆矢」といっても良いのではないでしょうか。
川柳成増吟社は月二回の月例会で、池口呑歩氏の後は全員の輪番で選を行っています。キャリアも句風も異なりますが、誰も臆することなく披講します。互選と討論は限りなく発展し、なんの会か忘れそうになるほどです。どんな句が抜けるかでなく、まさに自己を見つめ見つめ合う会です。自己紹介の繰り返し は同じことの反復であってはならないのでしょう。
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