1977年9月27日午後1時20分、太平洋沖に待機する空母ミッドウェーに向かった米軍機が横浜市緑区荏田町に墜落しました。周辺住民9人が死傷しましたが、幼い兄弟の様子は、衝撃的でした。40年経過したいまでも、鮮烈に記憶に残って消えない理由があります。それは、同年の11月5日が、私共の結婚式だったからです。そのわずか40日前の出来事だったからです。
裕一郎ちゃん(3)の最期 「おりこうにしているからね。ちょっとでいいからジュースちょうだいよ」黄色いものを吐き出し、それが尽きると真っ黒いすすのようなものを吐き、うわ言を言い始めた裕一郎ちゃんの最期のひとことは「パパ、ママ、バイバイ」でした。
康弘ちゃん(1)の最期 父親が吐き始めた康弘ちゃんに「元気出せよ、歌を歌おう」と声和かけ励ますと、「ポッポポッポ・・・」とかすかに口ずさみ、息を引き取りました。
パラシュートで脱出した米兵は、自衛隊の手で救出されました。安保法賛成、憲法改正で一致する「希望の党」と「自公政権」にどんな違いがあるのでしょうか。
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団扇さんこんばんわ。朝晩はすっかり涼しくなりました。9月の「句会報」有難うございました。9月10月はセンター祭(毎年恒例)や北区民まつり(初参加)の川柳の展示会でマガジン句会は同じ曜・日・時間帯なので残念ですが参加できません。11月からは「つつじ吟社」の新人の方も一緒に参加できたらと思います。↓ 鶴彬碑前祭 ↑ パパ・ママ・バイバイ・・・読むほどに怒りが込み上げて来ます。「年金者組合北支部の川柳友の会」も年内には例の「鶴彬の生涯(演劇DVD)」テレビ上映会を予定しています。(10月9日例会の際に提案し承認され次第ですが・・・)今後ともよろしくお願い致します。
高塚三郎さんですね。見落としていました。機会がありましたら、また句会にもお邪魔したいと思っております。大事な用事を、前の晩とかその日の早朝に思い出すような生活に追われております。「あれ三日ほど湯船に浸かってないかな」というと「あら、可哀想」の代わりに「やだバッチイ」と返事が返りました。