大学の学部は京王線の幡ヶ谷、新宿駅のJRなどへの連絡改札を出ると、京王百貨店の入り口になる。そのころ、そこに公衆の赤電話が所狭しというほどにズラリと並んでいたものだ。044から始まる自宅に電話して母と話していると、息せき切って走って来たおばちゃんが隣の電話に飛びつくや、「もしもし○○かい、母ちゃん30分で帰るからね。なんか雨降りそうだから、洗濯もん頼むよ」と早口でまくし立てて、ガチャンと音高く受話器を置いた。途端にツーツーと嫌な電子音が鳴って、母の声が途絶えた。
はいはい、賢明なる読者諸氏のお察しの通り、おばちゃんは私の赤電話に自分の赤電話の受話器を置いたのである。さて、前回同様に私の次の行動を想像されたい。
①こら待てとおばさんを追いかけ10円の請求をする。②おばちゃんの置いた受話器を持ち上げ、おばちゃんの娘と思しき娘に苦情を述べる。③おばちゃんの置いた受話器を正しい場所に置き換えて、掛け直した電話で母に笑い話を提供する。私22歳、母50歳。
通話時間は異なるとはいえ今もその頃も一通話は10円だったのに、JRの初乗りがべらぼうに上昇したのはどういう訳だろう。大学近くの喫茶店のコーヒー40円、授業料は月額1,000円、奨学金月額6,000円であった。
さてさて、こんな面白い体験をした人にまだ会ったことがない。これからも絶対にありえない。ああ、そうだ、どなたか電話に詳しい方、赤・ピンク・青の公衆電話の歴史を教授願いたい。というのは、団扇の年輩の川柳仲間で未だにピンクの公衆電話を自宅用に使用されている方がいらっしゃるからだ。
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