専制君主が、自分の意に添わない者の命をまるで物のように切り捨てる。政敵もその血縁も然り。ただ気に入らないというような理由がそこにあったとしても否めないだろう。もちろん現代では生贄というような野蛮なことは無いにしても、イデオロギーの違いから経済の競争まで、命を取ることが手段や結果として存在していることを悲しく思う。少なくとも私はそういう者になりたいとは思わない。
僕はいつも庭に立っています。身長は160センチ位。名前は無いけれど「椿」と呼ばれています。季節の移ろいが僕の運命の大部分を支配しています。もう一つ、もっと大きな力がいつも僕のそばにあります。ニンゲン。
僕には小さな弟がいます。彼の棲家は建物の北側の陽の当たらない所です。僕からは見えないけれど、知っているのはこの夏に茶毒蛾が卵を産みそれが毛虫になり葉を食い荒らしているらしいということです。もちろん弟はじっとしていますが、ニンゲンは騒ぎ立てていました。刺された、痛がゆい、病院だ、薬だとまるで戦争でも起こった様な有り様です。細かいいきさつに付いては、運命に総てを委ねきれない愚かなニンゲンのすることですから、僕がそれを話しても何も良いことはありません。
しかし、これだけは聞いて欲しいのです。『災難は椿がここにあるからだ。』というニンゲンの結論。知恵に頼ろうとしては感情という怪物に支配され、単純な二元論や猿のような三段論法に陥ってしまうことの繰り返しをしてきたニンゲンのすることを、僕たちは見ているしか無いのです。強い日ざしや雨風、絶えられない程の寒さもすべては宿命と生きてきた僕たちにとって、これから起こることも神の思し召しだと受け入れることが出来るでしょうか。剪定をして風通しを良くし消毒をすることが、僕の人生を此処と決めたニンゲンの務めではではないですか。
「秋の初めにしては、陽も陰ってきたし作業をするのに涼しいだろう。」それだけが理由です。毛虫などより何十万倍も大きいだろうと思われるニンゲンが、電気の強力な道具を携えてそばまで来ました。「こいつには、毛虫はいない様だな。」そう言いながら、残酷なスイッチに手をかけました。僕はもうすぐ話すことが出来なくなる。この先のことは誰か伝えてください。せめてこのニンゲンの心に哀れみの情が少しでも催されますように。
あぁ、冬に向けて蕾がたくさん・・・・
片棒を担いだ私。罪ではない、仕方が無いことだったと言い聞かせても、誰が私を救ってくれるというのでしょう。
花や木や草に命と書いた札 めぐみ
Loading...


















-600x400.png)
























渡辺柳山_こころの調べ_ISBN978-4-8237-1444-3.webp)






植竹団扇_団扇の噺_ISBN978-4-8237-1451-1.webp)
