NHK総合の「コント×ドキュメンタリー 笑う会社革命」を毎回視聴している。夜遅く11時からの放映であまり高齢者向きではないと思うが、実におもしろい。そして社会勉強としてもためになる。もう働くこともない外野の人間だからこそ客観的に眺めることができる。
番組はコントとドキュメンタリーの掛け合わせで構成されている。毎回取り上げられるテーマをいくつか紹介すると、業務改善につながる「タイパ」、「ワーママ(ワーキングママ)」の苦労、「カスハラ」対策、社内での「グローバル化」(言葉の壁)対応など、話題性に富む当世風のものばかりである。どれも一過性の流行とは明らかに異なるものだと言える。テーマに基づいたコントをやって笑わせてから、うまく時代の変化を先取りして職場環境の改善を図っている成功例がミニドキュメンタリーとして取り上げられている。
それらはIT企業が多い。会社とその環境を良くするためには前例や既成の価値観などに囚われず、果敢に前へ前へと攻めて進んで行かなければならない。そういったことを躊躇いなく実行できる組織は、社員がスーツにネクタイ姿ではない新興企業の方に断然多い。お役所みたいなところでは難しいだろう。
コントの主役である斎藤部長を演じているのは生瀬勝久で、見事なハマり役である。何度も大笑いさせてくれる。我が身を振り返ってみると、とても他人事には思えない。すんなりと感情移入できる。
時代にしっかり付いていっているという若かった頃の自信が、その後、時代に何とか追い付こうとする無理した意識に変わる。その潮目というものが誰の人生にも必ず現れる。いつの間にか忍び寄って来るそういう事態に対して、正直に向き合おうとすることには些かの覚悟と諦めが必要である。誰だって若いつもりでずっと生きていたい。それが続くと勝手に思い込んでいるからである。斎藤部長も例外ではない。
働き方改革という言葉が生まれて何年経ったのだろうか。個人情報保護法に消費者保護法、さらにハラスメント防止法など、それ以前から、働く環境やそれにまつわる社会の動きが少しずつ変わっていたが、この改革のスローガンによって加速した感がある。今後も労働者に優しくなる社会の方向性(番組では「革命」などと誇張しているが)がブレることはないだろう。まっ、一応は結構なことである。
しかし、昭和生まれで昭和育ちの人間たちがIT化だけでなく、コンプライアンスの面でも厳しくなってきている時代の趨勢にどこまで付いていけるのか。分かったような顔をして実は分かっていない、分かろうとしない輩もまだしぶとく残っているはずである。Z世代が社会の主役になるまでは端境期みたいなもので、少なくとも日本を主体的に背負う人材のほとんどが平成以降生まれにならない限り、会社組織の中で発生する軋轢はなかなか解消しないことだろう。革命は今後もさらに続くのである。
紹介されている会社は当初苦労していたが、問題が顕在化して改善に向かうと働きやすさの効果が如実に表れるという事例ばかりである。トップの迅速な決断などを見ているとさすがだと感心する。そうは言いながらも番組を観終えてから、どんな改善が図られようとも、やはり働く意欲は当人の心がけ、気持ち次第だという昭和の感覚に戻ってしまうところもある。
少し話題は逸れるが、かなり前に新聞で某大学病院(私の職場ではない)の救命救急センター長が、自分の経験を振り返って語る記事を読んだことがある。いろいろな経験と苦労をしたが、運ばれて来た患者が快復していくことが常にやりがいの支えになっているとインタビューの取材に答えていた。しかし、どんな奇跡的快復であっても医療関係者が手を尽くしたからそうなったのではなく、あくまで患者本人が頑張ったからなのだという意識が必ずあるという。それが今になっても素直な気持ちであるとさらに付け加えていた。その言葉が深く私の印象に残った。
この記事を読むさらに前のことだが、テレビの医療ドキュメンタリーで、リストカットで何度も救急搬送される若い女性のことが紹介される番組があった。若手の担当医師が、またやったかと少し呆れるような、診察する度に感じる虚しさを紹介していた。自殺未遂は常習化することが多い。メンタル面での根本的な治療を施さないと何度も繰り返される。救急処置というのは身体への対症療法的なものである。自殺未遂という病気が治るのも治らないのも、治らないと決めつけてしまうことも、すべてこの病気と自分の人生に対する患者の向き合い方次第ではないだろうか。リストカットとは別に自分の心を正面から見つめる精神療法的な治療を施さないと、常習性からはなかなか抜け出せない。それは自分で治そうとする意志の問題でもある。
労働環境が良くなって働きやすくなっても、働き続けようとする意欲がないとそもそも持続しない。そこら辺りに甘えはないか。何につけすぐに言い訳が出て諦めようとしていないか。そうだとすると何度も安易に転職してしまうことだろう。根性論だけを説くつもりはないが、救急患者の快復や自殺未遂の常習性などを踏まえて思考を巡らすと、人間は意志で生きる存在であることを改めて思い知る。昭和世代の私はどうしてもその方向で考えてしまうのである。斎藤部長も私の考えに半分くらいは同調してくれるのではないか。
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