ちょっと前から、この季節にしては冷たい雨の中にボク達はいる。苛められているのではない。乾いた喉にナチュラルな補給というおもてなしだ。
「私と一緒にあの車でお家に帰りたい?」
優しい気持ちはたっぷりと伝わってきた。ボク達が言葉を持たないということは有り難いことだ。心と心は誰と誰でもいつもまっすぐそのまま、良い心根だけがコミュニケーションを共有する。ボクたちは一度もパンドラの箱を開けたことはないからだ。
実はボク達といっても、こちらがボクであちらがワタシという訳ではない。そんな気がするだけで、はっきりしているのは二人とも枝垂れの花桃であるということ。まだ居場所も無いのに家族の仲間入りとは、まるでお嫁入りしてきたような立場と言えるかもしれない。枝垂れという容姿の美しさや紅白の花を咲き分ける賢さを気に入られたとなると、ここで自分の精一杯を生きてみようと決めている。もちろん初めから帰るところなどないのだから、古風なボクがお嫁さんを引き合いに出したのは当たっているのかもしれない。
古風といえば、唐突だがボクについて少し聞いて欲しい。イザナギノミコトが黄泉の国へ行くのは、火の神を産んで死んでしまったイザナミノミコトに会うためだった。そこでイザナミとの約束を破ってしまったイザナギは、鬼達に追われて黄泉の国から逃げることになる。その時に鬼に向かって投げつけたのが桃の実だったのだ。ボクの遠い祖先は、その時から意富加牟豆美命と名付けられた。オオカムヅミノミコトはこの世で人を救う神様なのだ。その末裔の末裔としてボクたちはいる。
孫悟空が食べたような実を生らすことはできないが、美しく花開くことは運命付けられている。春のいい日に蕾のままこの家にやってきたボクの決断にシンクロしてくれているかのようにその日から微笑みを絶やさないこの人のため、ボク達は記念樹として心の中にまで咲き乱れることを約束しよう。今年、そしてこれから・・・。
今日を生きる記念樹として枝垂れ桃赤白ピンク咲き分けて春 めぐみ
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