星が幾つなのか、誰がシェフなのかという話ではありません。どんなものがどう美味しいか分からない、絶対にではなくたまたま出会う「我が家のグルメ」です。食材は手に入る時には手に入る、何もない時には何もないと当たり前です。
今評判の『孤独のグルメ』にすっかり入り込んでしまいそうな私です。
<野菜>
かぼちゃ、にんじん、ブロッコリー、もやし、小さなソーセージ、茹でます、終わり。マヨネーズに醤油、マスタード、海の塩と山の塩。
まずはにんじんとかぼちゃが美味い。時に気になるいやな味がしない。それだけでも上出来であるところへ海と山の塩を試す、甘いと感じるか。野菜を甘いとは、ただの夕食なのにちょっとグルメっぽい。もやしは主張はしないが脇役に徹しているという意味では偉い奴だ。マヨネーズに醤油はあまり無い組み合わせ。それで鰹が美味いと聞いたことがある。無い物は仕方がない、家庭の壁には短冊のメニューは無い。
その代わりにソーセージが有るではないか。ソーセージは野菜ではないが、今日は仲間として許されてしかるべきだろう。マスタードは、何処の国の物か読めない横文字びっしりの丸い瓶。これが中々の優れもので、安売りのソーセージがドイツ製擬きになった。
<汁物>
昨日食べた一本買いのイナダ、山盛りのお刺身は美味しかった。しかし、主役はこちらかもしれない。捨てたのは尾鰭と鰓と腸。残りは丁寧に処理されて、あら汁になった。決め手は手前味噌、私の味噌は私が美味いというのだから間違いなく絶対に美味い。大きなお椀にたっぷり。いい匂いに始まって、自分の料理の腕を褒めて、ふうふうして、大根をひとつ口に運んで、オーケストラの演奏を楽しむプロローグがいつもの座布団の上とは嬉しい有難い。「きゃ、目玉」などと歌いながら、手を下ろすのを忘れている。それより、もっと凄いことが明日の朝に分かる。鍋の中で見事な煮こごりを発見する。
<ごはん>
銘柄は「こしひかり」。近所に地元の野菜のお店が有って、ブランドの下に「渡辺●子」と作った人の名が書いてある。ピュアであることは間違いない。何より研いだ後、しっかりと吸水させることが匠の技。本当に本物を食べたい時とお焦げが欲しい時には、厚手の鍋で炊く自慢の技術もある。
そう、今日は少し違う。自前ブレンド。「ミルキークイーン」は低アミロース米。混ぜて上手くいかないことも覚悟してのチャレンジは大成功。父親と母親のいい所だけ受け継いだ私みたい。
このブログに来てくださる皆さまにも、おむすびにしてお届けしたいほどの出来映えだった。もう食べてしまった。
<遠花火>
おなかが一杯になったら、今度は心のグルメです。
匂い、色と形、音と少しはお料理に近いかもしれない。夏の終わりの夜空のハーモニー。腹八分も「心八分」もお洒落ならば、真下まで出かけたりしないと心を決めての遠花火。
ごちそうさまでした。
山盛りの花火とアラ汁のおかわり めぐみ
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