紅白歌合戦、なつかしの歌声
数年前、ある理髪店に行った時、そこの女性理容師が私とほぼ同世代の方で、散髪しながらいろいろと話しが弾んでしまった。その話題の一つに、NHKのテレビ番組「のど自慢」があった。
その理容師が言うには、子供の頃、日曜のお昼の時間に素人の歌を聴くテレビ番組のどこがおもしろいのか全く分からなかった。家族で...【続きを読む】
♪真夜中のギター
千賀かほるが歌った「真夜中のギター」は忘れられない名曲である。昭和44年、私が中学1年生の頃に大ヒットした。
「街のどこかに 淋しがり屋がひとり…」という歌詞で歌が始まり、「愛を失くして なにかを求めて」と続き、「失くして」の「して」のところでベースギターがブーンと低音を響かせる。当時の私はそこ...【続きを読む】
睡眠との付き合い方
何年か前に「睡眠負債」なる言葉が流行ったが、若い時ならいざしらず、大方の人間は40代の中年にさしかかる頃にはうまく睡眠できなくなるのではないか。日々8時間きっちりと規則正しく睡眠をとれる人などほとんどいないのではないか。
仮に睡眠は上手にとれる方だとしても、寝る前に何か事が起きてそれが尾を引き眠...【続きを読む】
漱石の「こゝろ」
夏目漱石の「こゝろ」は高校生の頃に読んだことがあって、それなりに感動した記憶がある。
それから社会人になって20代の半ば、ハンディタイプとは言えないがあまり大きくない判型の漱石全集(全35巻)が岩波書店から出版され、漱石作品の大方の長編小説はそのシリーズから買い求めて読んだ。漱石そのものの姿を物...【続きを読む】
セロリの個性
東京へ出てくるまでセロリを食べたことがなかった。そんな洒落た野菜を食べたいと思うほどの興味もなかった。
初めて食べたのはラーメン屋だった。ラーメン屋で偶にご飯ものを食べる時は炒飯か中華丼などを注文していた。
大学5年の毎日が暇な生活を送っていた時、下宿近くのラーメン屋でその店では初めての中華丼...【続きを読む】
食べ過ぎた麻婆豆腐と四つん這い
食べ過ぎの経験というのは誰でもあると思うが、私の人生で最悪の事態は大学1年の時だった。
2年生に進級する前の3月の春休み、入学時から入会して活動していた山歩きのサークルの合宿があり、その日の夜行列車で東京駅から愛知県作手村(現在の新城市)の方へ向かう予定だった。
当日の夕飯に麻婆豆腐を無性に食...【続きを読む】
力うどん
高校へは電車通学をしていたが、駅を降りて毎日通る道に蕎麦屋があった。毎年冬が近づくと「力うどん始まりました」の貼り紙が貼られていた。私は力うどんがどういうものか全く知らなかった。漢字の「力」を片仮名の「カ」と読むのかと思ったりしたが、やはり「ちから」と読むのだろうと理解し、力が付くうどんとはどんな...【続きを読む】
チェビシェフの定理について
前回は高校2年の時の話しだったが、今回は3年生の時のバカバカしい逸話である。
今と違って当時は、3年生になって進路(進学)のコース分けがあった。私の選んだのは私立文系コースだった。東京の大学にどうしても行きたかった。地方の国立(地元)大学を志望して受験する余地は全く無かった。親元を離れて好き勝手に...【続きを読む】
二等辺三角形の長さ
高校2年の時の倫理社会、通称倫社の授業がかなりユニークだった。いやユニークを超えていた。
昭和40年代後半のその頃、日教組の活動がかなり新聞を賑わしていた。担当の先生は、どうもそれに入っているらしかった。とにかく授業をやらない。教科書を開かせて教えるということをしない。いきなり教室に入ってきて黒...【続きを読む】
クレタ島の噓つき
学生時代、西洋哲学史の本を読んでいて噓つきのパラドックスの文章に出合ったが、これがなかなか理解できなかった。それはこんな内容である。
クレタ島に住んでいるあるクレタ人が、クレタ島の人間はすべて噓つきであると言った。これは本当か噓か。クレタ島の人間がすべて噓つきなら、そう言明したそのクレタ人もその...【続きを読む】
鉄は熱いうちに打つな
鉄は熱いうちに打てという言葉を私はあまり信じない。今の教育の根底はこれがあるからうまくいっていないのだとも思っている。熱いうちに打っても駄目な鉄はいくらでもある。それなのにすべての人間に可能性があるような、教える側にとって都合のいい話で叱咤激励、鼓舞するから、いろいろな無理や歪みが生じるのである。...【続きを読む】
完全な悪人・善人
サイコパスなどは別にして完全な悪人は存在しない、という話を何かの文章で読んだことがある。凶悪な犯罪を重ねた人間でも、心の隅には仏の心がほんの少しぐらいはある。これが自然な姿である。この逆も言える。マリア様、観音様のような慈愛の塊のようなお方でも、偶にはお臍の位置が悪い時がある。これも一つも不思議で...【続きを読む】
ピンピンコロリ、人生100年時代
テレビのある医療ドキュメンタリー番組を観ていたら、そこに登場した地域医療に携わる医師が、ピンピンコロリという最期は家族に対して些か厄介な死に方だと語っていた。その理由を聞くと、突如ピンピンコロリと死んだら、預金通帳や保険証書の仕舞い場所などの葬儀や相続で必要な情報が、残された家族の誰にも分からず困...【続きを読む】
十五夜の芋虫
去年の9月中旬、娘夫婦が当時1歳半近くになる孫娘を連れて我が家へ里帰りした。4日ほどの間だったが私も楽しい時間をたっぷり持たせてもらった。
滞在中のある日近くの遊園地へみんなで出かけた。朝からずっと快晴で暑かったが蒸していなかったのでそれほどの不快感はなく、いろいろな乗り物に乗り、孫娘を囲んで楽...【続きを読む】
死への観念
先月東京の母子家庭で母親が3歳の娘を自宅に置き去りにして8日間外出し、餓死させてしまった事件が明るみに出た。何とも残酷で非情な事件である。確かこれと似たような事件が何年か前の大阪でも起きていたことを思い出した。
幼い女児の憐れさを思うと誰でも耐えられるものではないだろう。三歳とはいえ、どのような...【続きを読む】
不要なコンビニ
コンビニが本格的に広まったのは昭和50年代頃からだったと思うが、かなり普及してテレビにCMがよく流れるようになった時分「開いててよかった」という言葉を謳い文句にしていた某コンビニがあった。CMのシリーズの一つに、夜中に急に稲荷寿司が食べたくなる若い女性が登場して、我慢できずにわざわざそのためだけに...【続きを読む】
♪傘がない
井上陽水の「傘がない」は昭和47年に発表された名曲である。今もカラオケで受け継がれている。発表当時は学生運動・学園紛争が少しずつ下火になってきていたが、浅間山荘事件などの凄惨な出来事がいくつも起きた頃でもある。私は高校1年生だった。
歌詞は、都会では自殺する若者が増えている、だけど今の僕にはそん...【続きを読む】
名言とその人、川柳とその人
かなり前のことだが、ある雑誌にこんな実験(調査)を行ったことが書かれていた。
まず被験者に、些か教訓的な短い文章をいくつも読ませる。そして感想を尋ねる。結果はどれも凡庸でつまらいとの回答がほとんどとなる。その後、いずれの文章も有名な人物の言葉だと種明かしする。そうすると、それらの言葉がどれも珠玉...【続きを読む】
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