両親の名前や誕生日ははっきり分かる
その両親の名前くらいは言える
でもその父親母親となると
そのまた両親となると・・・
祖母の法事の席でのこと
おばあちゃんが今までをどう生きてきたのか
という昔話を聞いた時に
ほとんど何も知らなかったことに驚かされた
心は近くにいたつもりなのに
自分から語る人ではなかったから
私からも詳しく聞かなかったから
せっかくこんなに濃いつながりの縁であったのに
徒に疎かにしていたことを深く恥じたものだった
家系図の底辺の一点にいる私だけれど
今度はここから三角形が広がっていく
短い命の間にできることは限られているけれど
何か一つでもあたたかな記憶を残せたらと思う
底辺にいて天辺にいる私 めぐみ
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今日を大切に生きる。
それにつきますね*
自分が色々考えてるのと同じように、相手も色々考えているから。
真剣に向き合うことで、ひとりより世界が広がっていくような気がします♬
お花屋さんのひまわりより、地面に咲いてるひまわりが好きです(*^^*)
近しいひとには心を開いて寄り添って生きられたら
それにまさる幸せはないでしょうね
どんな時にもそうできるかというと
それがとても困難なこともあるのですが
私もがんばって目指したいと思います
地面に咲くひまわり
お弁当箱の中に咲くひまわり
ひまわり娘 ♪ という懐かしのメロディー いいですよ
どんなときもそうあれたら…と思います。
でも難しい(´・_・`)
どうしたら上手にできるのか
アドバイスお願いします*
まだまだ修行中の身なので
私が教えを乞いたいところなのです
たぶん黄泉の国に旅立つころには
何かヒントを伝えられるかもしれません
今のところ分かっているのは
相手のことは簡単には変えられない
ことくらいでしょうか(@@)
おはようございます
このひまわりさんたちは実写なんですか?
誰かが顔の形に種をほじくりだしたのでしょうか?
一面に続くひまわり畑やコスモス畑は別世界ですね
無限へといざなってくれます
狭い狭い自分のテリトリーを外へ向けてくれます
私も大のおばあちゃんっこでした
祖母との思い出を以前はいっぱい川柳や短歌にしていましたがふと気づくと今はまったく離れてしまっていますね
気になるのはいつも子どもたちのこと
そういうことなのでしょう
3人とも実写版のひまわりなのです☆
もっといろいろな表情もありました
作った人がどんな顔して作業したのかなぁと思うと
楽しくなってしまいました
近所の人だけが知っているお楽しみスポットでしょうか
思い出としてわざわざ口に出して語らなくても
好きだった人はいつでも心の中にいてくれる
そんな気がします
そうして生きている人間は今をこれからを
歩いていくのですね
私の結婚結納のときはお互いに戸籍謄本と親類書きを交換しました。
息子の時も準備しましたが敵方からの提出はありませんでした。
後日、嫁の曰「実家は進んでいますので」
孫の時はどうしよう。結論はもう見えている。
清和天皇途中省略して親父
親父という存在はとても大きいものですね
Polaris のように みんなの指標となって
いつも変わらずに輝いていてくれるから
安心して暮らしていられるのだと思います
私がここにいるための逆三角形の縁
莫大な数の人たちのことを思うと
もう少し今を大切にしないといけないなぁと
反省することしきりです
ひいお祖父さんの名前は「三代目源助」です
もちろん、お祖父さんがいて父親がいて私がいる訳で
そのまま襲名していれば「六代目源助」でした
遠い遠いむかしむかし
アフリカ辺りの海の中で湧いて出たような命が
一度も途切れること無く私へとつながっている
ワォ ナッテコッタイ!!!
私一人はチッポケだけど
いのちの鎖の長さは測りようが無いですね
何の因果で今の私なのか
でも良かったのかもしれない、ニンゲンで・・・
由緒ある源助さま
やはり高貴なお方でしたか(^^)
ず〜っとつながって
今度はだれかとつながって
不思議な縁の鎖ですね
最期に心から お互いにニンゲンでよかったと思えるように
なりたいものです
命の連鎖つながって
過去の記憶を受け継いで
今の私ができあがり
その遺伝子がまた続く
なんて考えていると、
責任重大な三角の一点
この私がいないと出来てこない人格もあるわけで・・・・・どうしよう
この先々に私の悪い影響がでてきませんように
小さくて大きなもの
たくさんありそうですが
その最たる物が私という人間
どんな影響が出ることだろうかと
楽しみでもあり不安でもあり ですね
長い目で見ると人類は進化しているのかな
それとも逆の方向にまっしぐらなのでしょうか
今晩は、恵さんのブログいつも楽しく拝見させて戴いております。
しかし、今回の向日葵の作品違和感を感じます、向日葵はこれから実を充実させて種を実らせ次代を繁栄させるべく秋を待っていると思います。
私は自然に対して作為を持つのは人間の驕りと思います。
人間だけが楽しければ良いのでしょうか?
いつも楽しい雰囲気の恵さんのブログですから敢えて私見を述べさせて戴きました。
こいしさま ありがとうございます
そう言われてみると向日葵たちも
どことなく悲しそうな表情に見えてきました・・・
地球のあちこちから
動物や植物の悲鳴が聞こえてきそうですね
おはようございます。今年もお盆様。茄子の馬でご先祖様をお迎えします。ご先祖様のこと、知っている限りを、子や孫たちへ話します。ところで、一つ目のひまわりの写真にビックリ。4年ほどの前、編集・発行を担当していた「路」誌の表紙に使った写真とそっくり。こんなこともありますね。
この辺りでは
13日の朝早く提灯を持ってお迎えにいって
16日の夕方にお墓まで送りにいきます
早朝の墓地があれほどにぎわう風景を
初めて見たときには驚きました
三世代四世代が一緒にお参りするのもいいことですね
ひまわりはうれしい偶然ですね(^^)