数学は苦手とひとりの中学生が思い始めていました
彼女は紙や印刷の良くない漫画雑誌を暗い電気の下で読みふけったものだから
当然のように視力を落として眼鏡を作ることになりました
そしてこれも誰のせいでもなく当たり前のように自意識過剰のお年頃でしたから
授業中でさえも眼鏡をかけた自分になる勇気などなくて
はっきりとは見えない黒板に必死で目をこらしてノートをとっていたのです
それでも数学の細かい記号などは分かったふりをするほかはなく
理解というものからはちょっと遠いところにいたようです
素数の凛とした美しさや
ピタリと答の出てくる素晴らしさに
気づくことになるのですが
中学の数学からやり直せるはずもなく
眼鏡をかけないでいてすごいものを手に入れた訳でもないので
本当にとてももったいないことをしたのでしょう
きっと先生は公式や計算の仕方を教えるだけではなく
一生懸命に数学のおもしろさや楽しさも
伝えようとして下さっていたはずなのです
今になっても理系の頭脳を持つ人には大いに憧れます
微分積分と聞けばまだ少し鳥肌がたつ気もしますが
せめて足し算引き算くらいは間違えないようにしたいものです
足し算ばかりではない毎日ですがよい答ならば毛嫌いすることもないはずです
四捨五入すれば幸せ外は雨 めぐみ
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植竹団扇_団扇の噺_ISBN978-4-8237-1451-1.webp)





「数学・物理が得意だと高所得」のニュースが出ていました。たぶん足し算が上手なのだと思います。
「氷が解けて水になる」のより「氷が解けて春になる」方が夢があって好きです。
氷がとけると春になる
固い心がとけると仲良くなれますね!
数学や物理が得意で そのうえやわらかな心も持てたら鬼に金棒
私の場合は少しばかり手遅れのところがありますが
せめて片翼だけでもとは思います
進水さんは文系理系のどちらもお得意のように想像しています
始めてメガネをかけて学校へ行くときの恥ずかしさ
私にも経験がありその気持ちよーくわかります
コンタクトも普及していない時代、今のように
オシャレ感覚でメガネを選ぶなんてとても考えられない
ことですよね
『偏愛的数学』という本が書評に載っており、タイトルに
惹かれて読んでみたいと思っています
でも、買って読み切れなかったら馬鹿らしいので図書館で
予約することにしましたが、何と50人待ち
読めるまでは随分先になりそう
でも4700円あればちょっとお口に贅沢ができるから
私は待つことにしました
食欲の秋ですもの
眼鏡のおかげで急に視界がクリアになった感じ
というのは忘れられませんね
違う自分になったような気がしたものでした
でも 自分で気にするほど他人は自分のことを見てはいないんだ
ということに もっと早く気がつけばよかったです
いろいろなところで損もしていたかもしれません
そういえば漫画の主人公はメガネをとるとみんな美人でしたね
すっきりと削りだされたセンテンス、ひらかなのやさしさを教えてくれているような使い方、句点も読点もない新鮮さ。私は大好きです。
何も足し算する必要がない、どこも引き算する事は出来ない。
やはりただのブログのままでは、数学なんかよりずっともったいない。
今回はおいしいうどんをするすると食べているようで、何ともいえない気持ち良さでした。長めの麺が切れずにのどを通っていく、やわらかいのに何処で噛んでも抵抗感がある。こんなうどんを打つのは大変ですね。
いいことをお教えします。おいしいうどんは何よりもいいうどん粉と寝かせが大切なんです。
AKK さんはうどんがお好きなんですね
手打ちの味はまた格別ですよね
おいしいうどんの秘訣を教えて下さってありがとうございます
どちらも私には少しばかり足りないような気がします
いいうどん粉をさがして そしてたっぷり充電して
ますます喜んでもらえるような
おいしいうどんを食べてもらえたらいいな と思っています
まるで私のことのような…算数が数学になったとたんに入れなくなりました。たぶんそのあたりにゲートがあって、私には通行許可がおりなかったのだろうと勝手に解釈していました。数学がすっきりした美しい世界なら、いまさらですが私も覗いて見たいような気がします。
見えすぎて途方にくれたメガネザル いそこ
途方にくれてしまったメガネザルの様子が目に見えるみたい
楽しい一句ですね
素数は 1 より大きい整数のうちで1と自分自身以外の整数では割り切れないような整数だそうですが
そのけなげな立ち姿 一人でもしっかりと立っている感じ
にとても魅かれるものがありました
おまえもがんばっているんだね と声をかけてあげたくなりました
アリスのキャロルは数学者
ダヴィンチは芸術も科学もすべて天才
優れた芸術家と言うのは理数系にも強いようですね
数学や化学にはだからものすごいロマンがあるのかもしれません
理解できない私はものすごく損をしているのかも
でも容量がないので無理
ここまでくれば自分の相性とやりたいことを知っていますのでそれをちんたらやるしかなさそうです。それだけでもたぶん時間はないでしょう。
数多くの天才の生み出した作品を味わえる楽しみがある
それだけでも私たちには幸せな時代でしょうか
理解のはるか遠くにあっても
何かしら感じられればそれでいいのかもしれない
なんて自分をなぐさめています
自分にとっての大いなるロマンを胸に秘めて
毎日の小さな一歩を歩いていけたらすてきですね
専門は英語で、数学は大大大の苦手!のわたしですが、わけあって、三年前から中学生の数学を教えています。中学数学なんか、記憶にございません、が教えているわけで、はじめの一年は、必死に予習しました~。最近は、(計算は草取り)という強引な持論を勝手に導きました~((笑))
ところで、歌人、河野裕子さんの「たとえば君」を読みました?もしまだなら、手に取ってみてくださ~い、文芸春秋から出ています。(思いを吐く)とは、こういうこと、と、ぐいぐい引っ張られました。
川柳も思いを吐くという面では短歌と似ていますよね
作りごとではない心からの叫びの詰まったずっしりと重い一冊でした
あと何万日残っているのかという疑問は
もしかしたら私にも同じことが言えるわけで だとすると
こんなふうにただ毎日をやり過ごしていていいのかしらと
不安でいっぱいにもなります でも だからこそ せめて今は
大きな声で人間讃歌を詠えたらいいな と思っています