Loading...Loading...

類想をどう乗り越えるか

――「よくある句」から一歩抜け出すために

   川柳の句会で、選者から「類想が多い」と評されることがあります。類想とは、同じ課題から多くの人が思いつく、似通った発想のことです。句として形が整い、内容にも間違いがない。それでも選に残りにくいのは、選者に「どこかで読んだ」と感じさせてしまうからです。では、類想を避け、自分らしい一句を生み出すには、どうすればよいのでしょうか。

類想はなぜ生まれるのか

 たとえば「早起き」という課題なら、朝日、散歩、健康、鳥の声、ラジオ体操などがすぐに浮かびます。「温もり」なら、母の手、家族、鍋、こたつ、握手などが定番でしょう。これらの素材が悪いわけではありません。しかし、誰もが最初に思いつく素材を、誰もが考える方向から詠めば、似た句が並びます。

 類想は、発想が浅い段階で句を完成させてしまうことから生まれます。最初に浮かんだ一句は、多くの場合、ほかの人も思いついている――まず、そう考えてみることが大切です。

類想を乗り越える五つの方法

一 最初の発想をすぐ句にしない

 課題を見て最初に浮かんだ言葉を、そのまま五七五にまとめると、題の説明になりがちです。「早起き」から「朝日」「健康」「散歩」と連想したら、そこで止まらず、さらに問いかけます。

  • 早起きして得をしたことは何か
  • 早起きして困ったことはないか
  • 誰に起こされたのか
  • 若い頃と今では何が違うか
  • 早起きする人を別の人はどう見ているか

 発想を一段掘り下げると、作者固有の生活が見えてきます。その見えてきた固有の生活の様子から句をつくることになれば類想をかなり避けることができます。

二 自分の実体験を入れる

 類想から抜け出す最も確かな方法は、自分にしかない体験を詠むことです。同じ「早起き」でも、一般論として健康を詠むより、新聞を取りに出たときの空気、旅立つ朝の緊張、曾孫から届いた早朝の電話など、具体的な場面を置くほうが句に個性が生まれます。実体験には、借り物の言葉にはない体温があります。読者は事実そのものを知らなくても、その句が持つ実感を感じ取ります。

三 視点をずらす

 課題を真正面からだけ見ていると、発想は似てきます。そこで、立場や時間、方向を変えてみます。「留守」という課題なら、留守をする本人だけでなく、留守番をする犬、鳴らない電話、冷えた湯船、暗い窓、帰りを待つ植木などの側から見ることができます。また、留守になる前、留守の最中、帰宅した後と時間を動かす方法もあります。視点を少しずらすだけで、同じ題から違う物語が始まります。

四 常識を一度裏返す

 一般に「浪費」は悪いものと考えられます。しかし、その常識を反対側から眺めると、新しい発想が生まれます。

浪費した時間も夢を育ててる(柳山)

 無駄に見えた時間も、振り返れば夢を育てるために必要だった。この句は「浪費=後悔」という類想から離れ、人生を肯定する方向へ転じています。「遠回り」も、普通は時間の無駄と考えられます。

遠回りしたから見えた虹ひとつ(柳山)

 遠回りを失敗ではなく、思いがけない発見につなげています。常識をただ否定するのではなく、別の真実を見つけているところがポイントです。

五 抽象語を映像に変える

 「人生はすばらしい」「家族は温かい」「平和が大切だ」といった表現は正しいのですが、そのままでは多くの句と重なります。しかも「標語」のような句になってしまいます。抽象的な思いを、目に見える場面へ変えてみましょう。例えば「寂しい」と言わずに、夕暮れの無人駅を置いて創句すると、

夕暮れの無人駅にも蝉時雨(柳山)

「献身」と言わずに、身を削るろうそくを描く。

身を削り誰かの明日を照らしてる(柳山)

 感情を説明するのではなく、読者が感情を受け取れる映像を置くことで、句に余韻が生まれます。

類想句を推敲する考え方

 たとえば「温もり」を題に、次のような発想が浮かんだとします。

母の手の温もり今も忘れない(例句)

 気持ちはよく伝わりますが、「母の手」「温もり」「忘れない」は結びつきやすく、類想になりやすい組み合わせです。そこで、「母の手が何をしていたか」まで掘り下げて詠んでみます。

風邪の夜に額に母の手が触れる(柳山)

 母の手の温もりを直接説明せず、病床の額に置かれた手の記憶として描けば、映像と物語が生まれます。ただし、類想を避けようとして、無理に奇抜な言葉を使う必要はありません。読者を驚かせることだけを狙うと、意味が伝わらなかったり、作為が前に出たりします。大切なのは、珍しい言葉ではなく、まだ言葉にされていない身近な真実を見つけることです。

類想を確認する七つの問い

投句前には、次の点を確かめてみましょう。

  • 課題から最初に浮かんだ発想だけで作っていないか
  • 題の意味を説明しただけの句になっていないか
  • ほかの人も同じ素材を使いそうではないか
  • 自分の体験や生活の匂いが入っているか
  • 視点を変えたり、常識を裏返したりできないか
  • 抽象的な感情を具体的な映像にできないか
  • 読み終えた後に発見や余韻が残るか

 一度にすべてを満たす必要はありません。どれか一つでも深く掘り下げられれば、句は類想から離れ始めます。類想句に埋もれてしまう一句も推敲することでそこから抜け出すことができます。

類想の中にも創作の種がある

 類想は、必ずしも捨てるべきものではありません。多くの人が同じことを思うのは、そこに普遍的な感情があるからです。問題は、題材が似ていることではなく、表現や着地まで同じになってしまうことです。家族、父、母、孫、夫婦、老い、故郷といった身近な題材でも、自分だけの場面、自分だけの視点、自分だけの言葉を加えれば、十分に新しい句になります。

 人と違うものを無理に探すのではなく、誰もが知っている日常を、自分の目でもう一度見直す。その小さな発見こそが、「よくある句」を「この作者にしか詠めない句」へ変えるのではないでしょうか。今日は類想句を乗り越えるにはどうするかというテーマでした。ちょっとした推敲でこの問題はクリアできるように思います。皆さんはどうですか?類想句からの解放も大事な要素ですね。

柳山

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

「なるほど!」「いいね!」
心が動いたらポチっ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K