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 二十代の頃から山登りとジョギングを趣味にしていたが、山登りは50歳頃からやらなくなった。ジョギングはずっと続けていて、フルマラソンの大会にも何度か出場したことがあったが、大体は毎月10キロコースを栃木県内や近県で開催されるマラソン大会で走っていた。50歳を過ぎてからは距離を縮めて5キロコースばかりを選んで出場していた。5キロに変えてからは記録より参加することのみに意義を感じて成績はいつも下位だった。今までの自己最高記録は、30代に大会の10キロコースを40分そこそこで走ったこと、そして40代に職場の400mトラックを10周全力疾走し、手元の時計で16分15秒を記録したこと、この二つのことは忘れられない。
 大会への出場とは別に練習を兼ねたジョギングを週二日、だいたい土日にやっていた。自宅周辺の適当な所をコースに選んで、1回に4キロ程度を一人で走っていた。
 現在64歳、あと半年で65歳の前期高齢者の仲間入り。昨年から、走ると膝の痛みが強くなってきた。そろそろジョギングを卒業しようかと考え始めた。膝の軟骨が擦り減ったのか、座布団に座ってから立ち上がる時にスムーズな動作が出来なくなってきた。死んだ親父も、70歳を過ぎてからは81歳の死ぬまで膝には苦労していた。遺伝もあるかもしれない。そんなことを思い返していると、いつの間にか走る気が失せてくる。
 今後は、散歩だけに専念したい。歩くのと走るのとでは、膝への負担が違うという話しをどこが聞いたことがあるので素直にそうすることにしたのである。少し無念、もう少し走りたかった。
 若かった頃、走ることでストレスがどれだけ発散されたか。思い返すと、酒で紛らわすより遙かに健康的だった。川柳の次にマラソンに出合えてよかったと思っている。雨の日以外は仲間なんかいなくても一人でいつでも手軽に出来るスポーツ、走るかどうかは自分の気持ち次第、だから続けられたのだろう。

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