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 交通事故の瞬間を目撃した体験がある。長年生きていると、こういったことは誰でも結構あるのかもしれない。特にハンドルを握って何十年も運転している人間なら一度や二度は経験していることだろう。
 20年ほど前、運転していた道路の先にある十字路の信号が赤だったので自分の車を停止線で一旦停止させていると、右手から青信号で直進して来た軽トラが交差点で右折しようとして、左手から直進してきた車と衝突し、私の目の前で軽トラの方が横転した。軽トラの運転手が前方の確認を怠った不注意が原因だった。大変びっくりしたが、私が車から降りて助けるまでもなく他の車の運転手が飛び出してきて速やかに事故への対処を始めた。私の方は乗せている家族と急いで行かなければならない用件があってその場を立ち去ってしまったが、ある程度の人身事故になっていたのではないかと想像した。翌日の新聞にはこの事故のことは載っていなかったので、死亡事故までには至っていなかったと推定した。
 さてその後、家に帰ってその現場のこと、事の顚末に対する私の認知行動についてじっくり思い返したのだが、事故の瞬間というのは、目の前に突然起きた光景に対して、すぐに事故であると理解することがなかなか出来ない。ほんの少しのタイムラグがあってから、事故が起きて大変なことになってしまったと納得する。これが人間心理における正直なところなのではないか。事故の発生に対してその状況を機械的にかつ即座に呑み込んで、対処する行動へと即刻移ることにはやや無理がある。この一件から、そんなことを考えたのである。
 橋の上から飛び降りて自殺しようとしている人を目撃する場合でも、すぐに自殺だと理解するのは難しいのではないか。その人の挙動不審に気づくのに少しは時間がかかるだろう。 だから制止して助けようと行動に移る場合にも更に時間を要する。状況を理解して行動するのは一瞬のことではない。‎もし当事者の所へ駆け寄って、制止して自殺を防ぐことが出来たとしても、本当に自殺しようとしたのではなく、単にヒステリックな行動をとった、死ぬ気はない自殺未遂そのことを意図したものかもしれない。本当に死にたいなら、人に見られないように考えて実行するだろうからだ。 
 テレビドラマや映画の交通事故のシーンは、登場人物がすぐに事態を呑み込んで、被害者の救助などへの対応をすぐに試みようとするが、これはあくまでもフィクションの世界の話しである。あまりにも速やかな対応をとったことに対して、見る方も不自然にはあまり思わない。それが現実と違うドラマという世界だからである。
 テレビ番組の食レポなどで、料理を口に入れた途端にうまいとコメントするのは、よくよく考えると相当な無理、演技の噓くささがある。ものを食べてその味、美味しさを認知して反応するにも咀嚼してそれなりの時間がかかるというものである。
 また、例えば友人や知り合いが急死したなどという知らせでも同じである。さっきまで元気だった人が急死するというのは、日常ではなかなか有り得ない。病気で療養していて最期を迎えようとしている人ならいざ知らず、突然の事故死や病死というのは身近にはあまり例がないことであろう。そんなことが頻繁に起きていたら世の中は堪ったものではない。消防や警察なら職業としてそういう事態を常に想定しているから慌てないだろうが、一般人がそういう意識・感覚を常に持つことは難しい話しである。だから急死の知らせを受けて、それをすぐに受け入れるようなことはできない。何かの間違いだと思いたがる。自分の心が素直に受け止めるまでには時間がかかる。
 さらに言えば、咄嗟の行動として不合理な対応してしまう場合すらある。記憶が曖昧になっているのだが、30年以上前に上映された伊丹十三の映画「タンポポ」の一場面にこういうものがあった。
 登場人物が自宅で何か料理を作り始めてようやく出来上がり、いざそれを箸で摘まんで食べようとしたまさにその時、突然家の電話が鳴った。さてその人物はどういう行動をとったか。摘まんだ料理を皿に戻すのではなく、敢えて口に入れてもぐもぐさせながら電話の受話器を取って、もしもしと話し始めたのである。このシーンを見た時、これは鋭い、うまく食欲という人間行動の不合理な実態を切り取って描写しているなぁ、と感心してそこだけ妙に記憶に残っていたのである。
 刑事裁判の判決文で、被告人の犯行の動機などについて合理的な理由があるとか、合理的な理由が見当たらないとか、そんな言い回しをよく耳にする。合理的、合理性とは一体何だろうと改めて考えてみたくなる。判決の中の「合理」(理に合う)というのは法律用語なのかもしれないが、動物と違って本能が壊れている人間の行動形式は、太古の昔から合理的には出来ていない。いつも合理的に行動するとは限らない。合理、不合理を超えたところの精神によって生きている。よって犯罪も残念ながら無くならない。



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