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 10年ぐらい前になるだろうか、休日の午後、何処へ行くともなく車でぶらぶら田舎道を走っていたらラジオからこの曲が流れてきて、歌詞の内容、ストーリーの展開に思わず聞き惚れてしまった。作詞 井上千穂、作曲 杉眞人、あさみ ちゆきが歌っていた。
 一番の歌詞は、小学生ぐらいの娘と父親が鮨屋のカウンターで小肌や中トロなどの寿司を食べる話し。両親が離婚することになったので、もう二人で寿司を食べるのはこれが最後となるという場面展開である。
 二番は、それから娘が大人になって結婚することになり、その前にもう一度父親と会ってその鮨屋のカウンターに並び、大人同士としてお酒を酌み交わしたいという話しになっている。
 これだけの説明ではおもしろくも何ともないので、ネットで検索して実際に歌を聴き、歌詞を味わってもらいたいのだが、とにかく泣かせる内容であり、それをうまくあさみちゆきが歌い上げている。
 この曲は、その後YouTubeで何度も聞いてしんみりした。カラオケで挑戦して歌ったこともあったが、結果的には他人に聴かせるほどのものではなかった。まっ、もともと私は歌が上手くないということもあるが。
 ところでこの歌の最後は、両親が復縁して一緒になることはないが、娘として二人にはただ感謝しているという、嫁ぐ前の心境を素直に吐露して終わりにしている。ここにどうしても私は感情移入が出来ず引っ掛かっていた。子供の頃に両親が離婚したことで引き摺っていたトラウマが、今自分が結婚して幸せになることで簡単に消えるのだろうか、疑問に感じたのである。
 しかし何度も聴いていると、両親への感謝の気持ちが次第に理解できるようになった。変なもので、今は全く不自然に感じていない。幸せになれば誰でも周囲に対して寛容になれることを認識した次第である。
 馬齢を重ねて高齢者への仲間入りも近くなってきたので、頑固爺さんに日々近づいてることは充分承知しているが、この歌で若い世代の柔軟な感情を改めて思い知り、少し反省させられた。

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