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 もう40年以上前のことだが、学生時代は東京の下宿で四畳半の生活をしていた。正方形の世界は自己完結の小宇宙だったと、今更ながら振り返っている。
 随分前のことだが、娘が高校に進学して1年の2学期頃だったか、2年次に進級する際のコース選択について理系にするか文系にするかで当人はかなり悩んでいた。父親としては、アドバイスできるような言葉をあまり持っていなかったので本人の考えに任せることにしていた。それより、ついこの間まで高校受験で忙しなかったのに、まだ始まったばかりの高校生活がもう大学受験の話題になっていることに驚いたのである。
 その驚きは昼の名残として夢に現れた。自分が大学生活を送った赤羽の下宿のことが何度も繰り返し夢に出てきたのである。今ほど洒落てはいなかった赤羽の街、四畳半での自炊・外食生活、週2回程度の銭湯通い、コインランドリーは1回100円、乾燥機はもったいなくて使わなかった。かつてのそんな生活がデフォルメされて夢に現れた。ついでに単位が取れそうもなくて慌てた授業のことも怪しく再現されていた。
 それからはその下宿生活が何度か夢に出るようになり、東京に行く用があった際、なんと30数年ぶりに下宿先を訪れた。残念ながら建物は取り壊され、風景は跡形も無く変わってしまったが、近くのラーメン屋が昔の面影を唯一残して営業していたのにはびっくりした。二十歳前後の自分が暮らしていたことの確かな証拠になった。それ以外の景色はほとんど変わってしまったので、その後再び訪れる気はしなくなった。
 四畳半の小宇宙の話しに戻るが、自分を振り返って思うに、自分の居場所、大袈裟に言えば自分が自分であることを素直に認められる空間があったというのは大事な時間だったと思う。誰にも干渉されずに食事をすること(それは好きなアイドルがCMに出ているカップラーメンを初めて食べる程度のことだけでもいい)、夜明けまで好きな本を気ままに読むこと(難解な本でもポルノでも)、ポテトチップスや柿ピーをつまみに独り缶ビールやカップ酒を飲むこと(欲求不満の憂さ晴らしも含めて)、そしてたまにパチンコに出かけること(儲かった時の景品はいつもたばこのセブンスターだった)、そういう日常を積み重ねて自己完結の時間を若い時分に充分持てたことが、その後の人生に肥やしとなっていったのは間違いない。
 冷蔵庫はあったがクーラーはなかった。テレビはあったがビデオデッキはなかった。電話もなかった。自転車もなかったので近くの商店街やスーパーへ行くにもとにかく歩いた。そんな生活が今となっては無性に懐かしい。

 



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