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 私の父は松の盆栽を趣味にしていた。昭和の高度成長期の時代、庭先に松や皐月の鉢植えを並べている家は結構多かったのである。
 剪定と水やりの手間が大変で、夏場の水やりは中学・高校生時代の私も手伝った。父親が皐月の盆栽を育てている家の友達がいて、お互い水やりの手伝いの苦労で愚痴をこぼし合ったことを憶えている。
 私が中学生の頃(昭和40年代半ば)、我が家の盆栽が夜中に何鉢も盗まれる事件が起きた。トラックのエンジン音がしたのだが、まさか泥棒だとは親父も思わなかったらしい。昼間庭の偵察に来て、夜忍び込んだのだ。それだけ盆栽の人気があった証左でもあった。
 盆栽の剪定作業は、ターンテーブルみたいなものに鉢を載せて親父はやっていた。盆栽の他に地植えの松が三本ほど庭に植えられていて、このうち2本は高さ数メールになっていた。これらの剪定も毎年5月頃、親父が梯子に上ってやっていた。春の我が家の恒例行事だったのである。
 ブームの頃は、親父の育てた盆栽もおそらく何万円、あるいはそれ以上の値で売ることができたのかもしれない。金儲けのために育てていた訳ではないので、親父は決して売ろうとはしなかった。バブル経済もとうにはじけ、盆栽のブームも下火になった頃、親父は80歳近くになっていた。寄る年波には勝てず体力も衰え、剪定も難しくなってきた。鉢の重さも相当あるので持てなくなってきたのである。亡くなる数年前には結局全部売り払ってしまった。二束三文だったのではないかと思う。
 地植えの3本の松の方は、81歳で亡くなるまで何とか剪定作業をこなしていた。最後の頃は相当危なっかしかった。亡くなる前の年には、それまでなら2、3日で終わる作業をその倍以上かけてやったのである。ようやく梯子に上って作業するその瘦せた姿はいつもどおりに見えたが、落ちはしまいかと私は内心はらはらしたものだった。
 さて、私自身は中学生の頃から盆栽や松の木の姿などには全く興味がなかった。花が咲くとか実が生るとか、そんなものでもない樹木を育てることの一体どこがおもしろいのか、そう思いながら自宅の庭を眺めていたのである。
 でも馬齢を重ねながら日々何気なく見ていると、ある日はっと気づいたのである。盆栽や地植えの松の枝ぶり、立ち姿、これらは一つの完成された宇宙なのではないか、と。40代の頃だったと思うが、そう突然悟った。そうなると、眺めながらも今までとは違う想像力が働いてくる。何か時間に耐えて時間を超越したよう風貌を感じるのである。だから、親父が晩年盆栽を処分してしまった庭先を見て私なりの淋しさを感じた。
 親父が平成22年1月の寒中に81歳で死んで3本の松が残された。私がそれらを剪定することは出来ない。それを承知していたのか、そのうち2本はその年、いつも親父が剪定する5月に松毛虫が大量発生して枯れた。残りの1本は、今でもシルバー人材センターに頼んで年1回剪定の手入れをしてもらっている。

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