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 高齢化が進行している川柳界において、旧字体・旧かなづかいで詠む人がかつて多かった。戦前の国定教科書で国語を学んだ世代である。今ではすっかり少数派になってしまったが、子供の頃に学んだことは時代が変わろうとなかなか直らない。まさに「三つ子の魂百まで」の典型的な例なのである。
 昭和3年生まれだった私の父も、それが死ぬまで続いた。電気は電氣、薬は藥とずっと表記していた。
 同じく昭和3年生まれの老母は現在92歳であるが、音楽の「ドレミファ」、コーヒー「カフェイン」がうまく言えない。英語を習っていなかった世代なので「f」の発音が出来ないのである。どうしても「ドレミハ」、「カヘイン」になってしまう。これも子供の頃の教育環境によるものである。「h」の発音が出来ないフランス人が「広島」を「イロシマ」と言ったり、東京の赤坂を「アカザカ」と発音したがるドイツ人(母音の間の「s」はドイツ語では必ず濁る)と同じ例である。
 私の所属する吟社の一つで、依然として旧字旧かな表記を認めているところがある。編集段階でそれを直さない。あえてそのままにしておくのである。人によっては、きちんと校閲・編集していないのではないかと訝る向きもあるだろうが、私はそう思っていない。そのままの方が、その人の歩んできた人生が偲ばれるようで味わい深く感じたりするのである。柳誌も所詮仲間内の発行物である。市販に流通する商業誌ではない。許容範囲ではないかとも思っている。
 子供の頃、私は社会科の授業が好きだった。地球儀を回して世界の国々の名前を憶えることが得意だった。戦後、アジア・アフリカの欧米植民地が次々に独立すると、その度に新しい国名を憶えた。
 ところが、1991年のソ連崩壊には参ってしまった。一度に「何とかスタン」という国がやたら誕生してとても憶えきれなくなった。ユーゴスラビアの崩壊もあった。年齢的にも暗記力・記憶力は衰える年齢に達していた。時代についていく力がなくなったのである。
 平成の大合併も厄介であった。サラリーマンの現役時代、平成の初め頃に47の都道府県庁と約3200の市町村の役所・役場を相手にする仕事を担当したことがあった。実際に現地に赴いて調査する業務もあった。だから、結構全国の市町村の名前は頭に入っていた。市レベルだと、どの都道府県に位置するのかぐらいは多分ほとんど分かっていたと思う。ところがそれから十数年後、大合併が始まり、町と村の名前がどんどん消えていった、変わっていった。現在は約1700にまで市町村の数が激減し、合併による知らない市や町があちこちで誕生している。今では、昔の知識はほとんど役立っていない。
 世界の国々も日本の市町村も大きな変革があるとその名前の変遷についていけなくなる。これは最初に話したこと、戦後の国語改革にも通じることである。
 ICTのことについて言えば、私も何とかついていこうと自分なりに頑張っているが、もう時代に追いつけていないことは充分承知している。いや私どころの話しではない。私よりもっと上の世代が、パソコンも碌に弄ったことがないのにスマホを持たされてそれを持て余している悲哀、デジタルデバイドの厳しい現実を何度も目撃している。
 人間はそこそこの寿命で死ぬ場合、誰でも時代について行けずに死んでいくのである。分け隔てなく人の目は衰えて耳は遠くなり、指先は強張る。そして「三つ子の魂百まで」は誰にでも当てはまる。いくつになっても旧字旧かな、それも大いに結構ではないか。何か問題があるのか。これこそ多様性を尊重する考え方の一つだと思う。

 

 

 

 

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