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 9年前、東日本大震災が起きて日本は大変な事態となったが、その頃から「絆」という言葉が広く言われるようになったと記憶している。
 個人的にはその当初からこの言葉に少し違和感を抱いていた。何となくもやもやっとしたものである。その後、小説家の五木寛之氏が何かの雑誌の対談で「絆とは本来、断ち切りたくても断ち切れないものをさす…云々」と言っていた。宗教学者の山折哲雄氏も同じようなことを新聞か何かに書いていた。曖昧な記憶に基づく大摑みな説明で申し訳ないが、これらの発言で私のもやもや感はかなり薄まってきた。
 学生時代に読んだ歴史学者の会田雄次氏の著作の中に「世間体」のことが書かれているものがあって、漠然と記憶に残っていた。これも雑駁な説明になるが、日本人は宗教(仏教)より世間体を大事にしてきた(特に江戸時代以降)。その典型が結婚式で、教会や神前で行うのが今や一般的であるが、昭和30年代頃までは、神父や神主の前で誓いを交わすような儀式はあまりなかった。その代わり、親戚や地域にお披露目して世間に対する暗黙の誓いを立てていたというのである。確かに私の子供の頃の記憶では、そのような形の婚礼ばかりであった。
 「絆」と「世間体」には意味の重なりがあると私は思っている。戦後、日本経済の高度成長が進んで工業化・都市化が進行し、若者の都会志向が強くなってくると、家制度に基づいた家族の絆は弱まっていく。これと並行して、単に窮屈にさせるだけでなく家や個人を守ってくれていた世間(世間様などとも言うが)、世間体の考え方も面倒くさいものとしてどんどん打ち捨てられていく。
 震災というきっかけがあったにせよ、今になって絆ということが盛んに言われるようになったが、絆にはそれ以前に長い衰退の歴史があった訳である。世間体などは、今の若者にとっては既に死語に近いものになっているだろう。東京一極集中などの都市問題も、日本人の家族や社会に対する帰属意識、そもそもの精神構造にまで深く掘り下げて理解しなければ、うまく解決出来る訳がないと常々思っている。大袈裟に言えば、絆を断ち切って世間体を脱ぎ捨て、日本社会全体の都市化が進展していったのだから。
 世間体が消えて無くなりそうな社会において、絆を復興させることは容易なことではない。少なくとも掛け声だけでは進まない。



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