16日が娘の〇〇歳の誕生日だったので、名古屋の孫家族が17日の夕方から豊橋に来てくれました。
3歳になった曾孫君も今では幼稚園に通うようになり、幼稚園が終わってからの夕方到着でした。
年子で、下の子が女の子なので、男の子は喋るのも歩くのも遅いと思い心配していたのに、幼稚園に通うようになったからか、兄妹というよりおない歳くらいに良く喋り良く動き活発になっていました。食欲も旺盛で。これがいいんだなと孫の子育ての上手さに感心しました。
18日は仕事でしたが、私は朝礼を済ませて石巻へ。
気になっていた妹の見舞いに行きたかったので、孫の車に乗せてもらい秀さんと一緒に病院まで送ってもらいました。妹の具合によっては明日も見舞いに行くかもしれない、その時にはまた泊めてねとバイバイ。
年末に見舞いに行った時の妹は良く喋った。のに
「姉ちゃんだよ、わかる」「うん」と頭を動かす。前みたいに涙を流したりの感情はなかった。
点滴だけになってもう半年が過ぎている、妹の気丈さに関心する。
唇の周りを手で何度もさわるので、
「水が飲みたいの」と聞くと「うん」とこくり。
看護士さんを呼びに行き、水を飲ませてもらう。
それでも口の周りを触る妹。
「まだ、水が飲みたいの」「うん」とこくり
要領がわかったので、私が飲ませてあげました。
下唇の左下が白く水膨れみたいになっている。
「痛い?」「うん」「リップクリームある?」と聞くと机を指さす。あったので、塗ってあげる。
看護士が気がついてくれるかなと思い、も一度水を飲ませてあげて下さいとお願いする。が、看護士は水を飲ませただけで気がつかずに帰られた。これではいけないと思い、ナースステーションに行き、妹の唇の事を伝えると「乾燥しているからね、皆そうなんですよ」と言う答え。「リップクリームを塗りました」と伝えると「リップクリームがあるのね、では、行った時に塗るようにします」
長女の最期を自宅介護した時のことを思い出した。喉に痰がからみゴロゴロなるのが可哀そうで夜中に看護士に来て見らった。そしたら、その処置の方が長女は苦しそうだった。「いつでも呼んでくださいね、でも、本人は私たちが思うほど苦しくはないんですよ」と教えてもらった夜の事を。
手で口の周りをずつと触っている妹は、私が思うほど痛くはないのかもしれない…、安堵はするけれども哀しかった。こんなに頑張っている妹から私は学ぶべきことがたんとあるはずだ…と考える。
工場も形が整ってきたからね、会社名は必ず「是枝鉄工」に戻すからね、と言うと「うん」とともに「ありがとう」が聞けた。5月になったらまた来るからねというと「うん」妹にバイバイをする力はなかった。
病室を出て、今日はこのまま帰宅しようと思う。孫に駅まで送ってもらうのって勝手だよねと思いながら、受付でタクシーをお願いする。間なしに孫から電話「どうなった?曾孫君がお爺ちゃんを迎えに行くって言っているんだけど」私たちが駅まで行くのとそっちにタクシーで行くのとどっちが近いと聞くと、駅。ということでタクシーに駅まで送ってもらい孫たちと合流しました。
秀さんが大好きな曾孫君は秀さんとお風呂に入る。翌朝は近くに出来たばかりの公園へ私と秀さんと曾孫君曾孫ちゃんで散歩がてらに出掛ける。曾孫君のわんぱくなこと。自分が水道の水でびっしょりになっただけではおさまらず妹まで水をかけて遊ぶ。これは先がやられるわ。
孫の作ってくれた朝食を食べてからの帰宅。地下鉄一社駅まで送ってもらいました。
川柳の山崩しはなりませんでしたが、幸せタイムを過ごしました。
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順子さんご無沙汰しております。妹さんの病気のこと、看護師さんの対応、身につまされるものがあります、同じような経験をしましたから、、、 病院によってではありますがあまりに冷たい態度だと悲しいですよね。切ないですね。 曾孫ちゃんたちに会えたのはラッキーでしたね、子どもたちに元気貰えますものね。順子さんがんばれ~