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 果たして、饒舌でありさえすれば人の心を表し尽くすことができるものなのだろうか。物事をありのままに正確に伝えられるだろうか。ていねいに言葉で説明してすべてを言い表わすことが出来るのならば、迷わずそうしよう。しかし言葉は万能な表現の手段ではなく、たとえ達人が数多の言葉を尽くしたとしても、人の心をそのままに表現するのは不可能ではないだろうか。少なくても私にはひどく困難のように思える。  ましてや川柳は十七音字。少な過ぎる限られた文字の中にどんな可能性があるというのだろう。もし何時か何処かで十七音字の中に人間存在を含む事柄をつぶさに表現出来ることがあるとすれば、それは作り手の技術や力量のもたらすものだけではないだろう。読む人自身が、少しく心を揺らした後に、言葉の中にある何かに心を傾けて、言わばサイレンスの中にある作者の思いを感じ始めるあたりから生まれてくる奇跡のようなものかもしれない。  「言葉にある沈黙」それは、単に行間に潜む真意や意向といったものではない。言葉で言わないからこその、そこに存在する不思議というものかもしれない。読む側の心の中にも、幾重にも積み重なって言葉にはできないものがたくさんある。そのそれぞれにある深い思いが、詠み人と読み人との間に、目に見えないつながりを生まれさせる。そして思いがけず、言葉が連続した化学反応を次々と起こしてくる。沈黙が何かを語りだす面白みが、私をまたその世界に呼び込もうとする。  このように私の感じているものが本当にあるのならば、言わないことが言うことになる。十七音字の中にあえて難解な言葉を盛り込むことも必要ではなくなる。誰にでも分かる言葉を使って、その隙間にどれだけを閉じ込めて表現できるだろうか。平凡な普通の人間の、一人の生活者の口から、思わずこぼれた十七音字こそが、私の経験上では何よりも人を動かす。だからそんなふうに言葉を書き留めていきたい。もちろん、作品が一人歩きを始めるという出来事を期待することも含めて・・・  時に思う。その沈黙の中から作者自身が見えてくることがある。たとえば字面だけ見れば、幸せなムード何だか気恥ずかしい感じのする作品がある。逆に寂しそうな辛辣な雰囲気の作品もある。しかしそれはどちらも作者の真実の姿ではないかもしれないとの思いに至る時、そこには一体どんな人生の風景があることだろうと思いを巡らせてみる。読み手が作者の生きる本当の姿にまでも踏み込めたとしたら、その作品を味わい尽くしたと言っても過言ではないだろう。  もしも誰かが私の作品を通して、もちろん想像で良い、おかれた運命や様々な思いにまで、わずかでも触れてくれることがあるならば、一度しかない貴重な時間を川柳に心傾けてきたことを誇りに思えるし、これ以上の幸せはない。肩書きは要らない。作者の名前も要らない。作品のあとに「めぐみ」と付かなくてもいい。賞の記録に残るのではなく、誰かの記憶の中に残る一句を作りたい。それが今の私の大いなる理想です。

ひたすらに心澄ませて雪の声   めぐみ

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  1. 川柳ファン on 2013年1月21日 at 7:23 AM :

    「そうだそうだ」
    「その通りだ」
    「そうなんだよな」
    「大会が何だ。入選が何だ」
    「まったく同感だ」
    と、相槌を打ちながらめぐみさんの川柳論を読みました。
    平易な日常の言葉で人の世の真実を突く、いやー難しいですねー
    でも理想に向かって精進精進

    • めぐみ on 2013年1月21日 at 9:11 AM :

      川柳ファンさんの相槌のお声が聞こえるようです。うれしい朝です。小さな独り言に共感してくださってありがとうございます。
      言いたくても上手く言えないことがたくさんある毎日なので、なおさらもどかしさを感じるのでしょうか。

      作り方の How-to の前に、真摯に生きる姿勢。そこからこぼれる思いを綴れたら、きっと読む人の心に届くのでしょう。言うは易し・・・ですね。私も精進します。

  2. 二宮茂男 on 2013年1月21日 at 7:41 AM :

    めぐみさん おはようございます。白状すると、私は、小学生の時にいじめに合い、どもりになりました。小学生のときの授業、先生が「分かる人」、「ハイ」「ハイ」「ハイ」と手が上がる。みな間違い。先生から「二宮」と名指しされ、正解を答えると、「分かっていたら手を上げろ。バカ野郎」と怒られる。今に至るまで、終始一貫、口数は少ない。会議でも、もっぱら聞き役、滅多に発言はしません。緊張すると、余計ドモル。そんなことがあって、省略の文芸「川柳」にのめり込んだのかも知れない。ブログ中、「言葉にある沈黙」に感銘。「沈黙が何かを語りだす面白み」に自分を見詰めます。あらためて「かみさまのいうとおり」をなるほどなるほどと、読み直しました。お陰様で、寡黙な自分を励まし、作品を振り返り、細い一本道に、なにやら薄日が差し込むような感じの素敵な朝になりました。有り難うございました。

    だいじょうぶ雨のち晴れハはずれない   恵

    • めぐみ on 2013年1月21日 at 9:12 AM :

      茂男さんをいじめた先生!もし読んでいたら出ていらっしゃい!茂男さんに謝りなさい!

      ひどい人がいますね。そのせいで茂男さんが辛い思いをする必要なんかこれっぽっちもないのに。一番心のやわらかい時にそんな目にあったなんて。

      もう忘れてください。聞き役も大切ですが、たくさん発言もしてください。茂男さんのお力を隠しておくのはもったいないことです。省略の文芸は多弁でもあります。

      深く読んでくださってありがとうございます。自戒を込めて、自分を励ますための文章でもあります。ここからがスタートですから。

  3. こと花 on 2013年1月21日 at 10:47 AM :

    おはようございます。
    「言葉にある沈黙」、素敵な話、ありがとうございます。
    めぐみさんの心、届いていますよ~(^^)。ブログのお話、コメントにめぐみさんの優しさ、正直さを感じます。人の心をそっと開いて下さいます。
     めぐみさんの句に、いつも力を頂いております。感謝しております~(^^)。(めぐみさんの句集との出会いは、図書館。心ひかれ、すべての句をノートに書き写していました。購入してなくて、ごめんなさいね。←めぐみさんの優しさに甘えて告白~m(__)m)。

     たかこさん、句会撰者、ご苦労様です。大変のことと思います。皆さまの素敵な句、とても勉強になります。楽しい~です!(^^)!。

     めぐみさん、そして、めぐみさんのお仲間との出会い、初めてブログに参加させて頂いた所の撰者さん、そのお仲間との出会い、本当に私は、ラッキーです。くじ引き、懸賞などなどには、とんとご縁のない人生の私ですが、ここにこんなにいいご縁。感謝、感謝です。

    • めぐみ on 2013年1月21日 at 4:54 PM :

      こと花さん、『かみさまのいうとおり』を全部書き写してくださったなんて、ほんとにほんとですか・・・大変だったでしょう。新葉館に出す原稿はあえて鉛筆で手書きをしたので、その労力がよく分かります。同じように手で書いてくれたというのがもったいなくてうれしくて。こと花さんのお家の方を向いて拝みたい気分です。でもどちらの方角を向いたらいいのかな?

      力をもらったと言ってもらえて私も力をもらいました。自分の句がどこか遠くにいってもがんばっているのかなと思えて、とてもうれしくなりました。うれしいうれしいメッセージを本当にありがとうございます。今日はいい夢をみられそう ! 私も川柳の有り難いご縁に感謝、感謝です。

  4. エム on 2013年1月21日 at 8:44 PM :

    AKKのヤツ おしゃべりなくせに黙って読んでる
    「う〜ん」て言いながら何度も何度も読んでるよ
    きっと言葉が出てこないんだね
    きっと次につぶやくとしたらオレの予想じゃ
    「まいった!」だろうな

    オレにはこんなにすごい文章にコメントなんかできない
    ほんわかして やさしそうなめぐみさんが自分の思いを
    こんな風に書いてくれるなんて思っていなかったから
    ちょっと面食らっている
    内容も文章もすごいや!

    写真もいつもの雰囲気と違っていてこんなのもイイね
    めぐみさんの中で静かに燃えるもののせいで
    冷たいはずの Snowflakes が違うものの様な感じがする
    うまくいえないや ゴメン
    分かるのは オレはまだまだ勉強が足りないっていうことかな・・・

    こんな風にしっかりとしたスタンスだから
    すてきな川柳が生まれるんだね
    こんな時なんて言うんだろう
    カンプク? カタカナじゃヘン?

    • めぐみ on 2013年1月22日 at 6:11 AM :

      エムさん、私も毎日揺れながら、迷いながら、勉強不足を痛感の毎日です。静かに燃えるものはあっても、素直に形にするのは本当に難しい。でも how-to よりも前に自分の思いがあってこその五七五だろうとは思います。

      いつも応援してくれてありがとう。見てるよ、のひと言がどれだけの励みになっていることでしょう。それが一番の私のエネルギーなのです。カタカナも大歓迎。それではまた会う日まで (^-^)/

  5. いそこ on 2013年1月21日 at 10:52 PM :

    ありがとう めぐみさん

     胸のうちのモヤモヤをはっきり文字にしてくれましたね。
     自分の川柳はまだまだ発展途上。試行錯誤でとにかくいろんな型にはめてみては  ?  をくり返しています。
     まだまだ ? は続くのでしょうけれど、迷い道を楽しんでいけそうな気がします。

     そろそろこちらは雪に変わるようです。
     白いようにみえるけれども、この雪はなかなかの曲者。
     勇み足で咲きだした杉の花の花粉が含まれているし、大陸からの黄砂もまじっている。白くて、決して白いだけじゃないのです。
     人間の思考によく似ているみたいですね。

    • めぐみ on 2013年1月22日 at 6:09 AM :

      いそこさん、ありがとう。
      思うところが文字にはなってみても、具体的に何をどうするかといったことについては、いまだに暗中模索の日々です。いそこさんと一緒に、目指すものに向かって勉強していきたいと思っています。

      クエスチョンマークはよく見ると可愛らしいし、それがあるから少しずつでも前に進めるのかな。 ? が ! になった時の静かな喜びはいいものですよね。

      『雪は曲者。白くて、決して白いだけじゃない。』いそこさんの言う通り。何でも深くしっかり見つめてみよう、と改めておもいました。今が本番の寒さには、どうぞ気をつけてお過ごし下さいね。

  6. このみ on 2013年1月22日 at 6:09 AM :

    おはようございます

    何とか3日間のイベントが終わりました
    決していいとはいえませんがとりあえずのノルマは達成できたかもしれません
    欲を言えばきりがない。私自身は感謝しています。
    今日からまた気持ちを切り換えてやっていきたいと思います(不景気の波に押しつぶされそうですが、踏ん張ります!)

    めぐみさんの文学的な長文
    ばかたれの私は読むのが必死でしたが、めぐみさんの強い決意だけはちゃんと受け取ったような気がしています

    川柳とめぐり合って7年目
    借り物ではない自分の中の言葉探しを意識があるまで続けたいと思っています
    言葉で飾るのではなく自分の核にあるメッセージに近づく
    メッセージがなければ書く必要もないのかと思うので
    洗練されたものを求めるのではなく、荒削りでも私自身の言葉探し(心探し)をしていきたいですね
    だから川柳はずっと続けていけるものなんだな~と思っています

    • めぐみ on 2013年1月22日 at 6:41 AM :

      このみさん、お疲れさまでした。3日間の大きなイベントだったのですね。その前の準備や後片付けや、寒い中で大変だったことでしょう。無事に終わって何よりでした。みんなで仲良く頑張れるのが一番ですね。

      『自分の核にあるメッセージ』を『借り物ではない自分の中の言葉』で表すことができたら素晴らしい。言葉はもうずっと前からたくさんの人が使ってきているので、なかなか難しいことだとは思います。でも難しいからこそ面白いのでしょうね。言葉探しは『心探し』でもあるのですね。思いのひとカケラでも納得の表現ができたなら本望です。

      何かに追われるような慌ただしい気分の毎日に、ほんの少しでも立ち止まって思いを巡らせる時間がとれたときは、いい一日だったなぁと思えます。今日がこのみさんにとってもいい日になりますように!

  7. 佐藤 千四 on 2013年1月22日 at 6:48 AM :

    おはようございます。
     いちいち頷きながら拝読しました。世に多くの川柳書がありますが、このmesの切れ味に喝采です。
     私が川柳を始めたのは大木俊秀先生の「川柳は下手でいいんだよ」の一言です。つまり、「無理をして上手にならくていいよ」と私は理解しています。しかし、アっ!という句、ウーンという句、ヘーという句などなどに出会うと憧れてしまうのも事実です。また、句会で抜ければ嬉しいのも事実です。
     句会で「この選者はこうゆう句を好むから」なんて得々と言う人がいますがどういうものでしょうかねえ。自分に自信があるのかないのか。選者も舐められたもんです。
     たむらあきこ先生はブログでおっしゃいました。「句会主催者は選者を選べ」と。同感です。詠む心を読む心が大切だと私も思います。句会の没句集があると面白い。何故ならそこには今の川柳の物差しと異なる新しい心があるような気がするからです。
     とは言っても私もほんとは上手になりたいと思っている一人です。
     言葉にある沈黙。沈黙に潜む思い。17字の曼荼羅。うまく言えないけれど「貴重な時間を川柳に心傾ける」ことの幸せを私も感じ取ろようにしましょう。
     めぐみさんの句は友達です。

        雪粒のひとつひとつが抱く思い

    • めぐみ on 2013年1月22日 at 9:56 AM :

      千四さん、ようこそ、いらっしゃいませ (^o^)

      私の句が友達と言っていただけるなんて、もったいなくてうれしくてたまりません。国立のホールでお会いした時の感動が蘇ってくるようです。曇り空なんか吹っ飛ばして、心の中にはお日さま、の気分です。ありがとうございます。

      もちろん上手にはなりたい。自分の思いを相手に分かってもらえるように表す方法は身につけたい。けれども作品の形を立派に整えることが、上手になるということでもない。大木俊秀先生のおっしゃる「川柳は下手でいいんだよ」という一言には大変な重みがありますね。折に触れて噛み締めたい言葉です。

      選者を選ぶよりも、どんな選者でも唸らせるような作品を作ってみたい、なんて思うのですが、それもまた至難の技ですね。腕が気持ちについていけない悲しさがあります。

      一人で居ても一人じゃないと思える今は本当に幸せです。離れていても共に川柳に心を傾けるお友だちがいてくれるのだから。今年の冬はいつもより暖かく感じられます。千四さんもお身体にはお気をつけてお過ごし下さいね。ありがとうございました。

  8. AKK on 2013年1月22日 at 2:37 PM :

    降っては降ってはずんずん積も ♪ りましたね。その雪の声に心澄ませて「言葉にある沈黙」をこんなに分かり易く書かれたのですか。短詩を詠む人に、文学に触れる人たちに、めぐみさんの思いはもう既に届いていると思います。ご自分を言葉で規定することでより高みを目指そうとする静かな情熱が、後から後からの雪片のように私の心にも降り積もりました。

    はたして、理想というものは掲げた後に何を乞い求めてくるものでしょうか。高く美しい理想ほど、要求するものも重たいもののように感じます。しかしきっと、答えはいつものめぐみさんの今を大切にする心と前向きな姿勢の中にありそうですね。今日の穏やかな雨が、残り雪を一粒分ずつ消していきます。積もりすぎて過重になりそうだった理想という雪の塊を、日々の真面目な繰り返しに似せて、小さな雨粒たちが元の流れる水に戻し、いつの間にか気がつけば春ということになるのでしょうから・・・

    長く続く坂道の途中で、少し見晴らしの良い場所に辿り着いた。そう感じられるのでしたら、またステップアップした証拠なのでしょう。沈黙を破って、川柳への思いを言葉にしためぐみさんに乾杯しましょ!

    それから、えーっと、たまには、そう、たとえば、「トイレの消臭剤の懸賞の川柳で賞品ゲット」なんていうのも聞かせて下さいね。そうじゃないと、川柳作らない私まで力が入りすぎてしまう・・・

    • めぐみ on 2013年1月23日 at 6:20 AM :

      はい、賞品などいただくと、それは素直にうれしいです。特に美味しいものは最高ですね ^^ 

      坂道の途中で少し見晴らしの良い場所に辿り着いた、と言っても、その先が分かりません。上り坂、下り坂、でこぼこ道といろいろあるのでしょう。どんな道でも今日の続きだと思います。step by step ですね。くじけそうな時には、みなさまのコメントを読み返します。いつもありがとうございます。

      雪やこんこあられやこんこ ♪ の歌声が聞こえてくるようです。いつかは雨に変わり、そのうちには寒さもゆるんでくることでしょう。今日もどうぞお元気で!

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