海と山とどっちが好き?
そんな時 川は少しばかり肩身が狭かったりします
この町には鬼怒川と小貝川と
歩いて行かれる距離に二本の川が流れています
用水路まで含めたら一体何本の水の流れがあるのやら
川の楽しみを数えてみたらあれもこれもと無限大
釣りや土手の散策はもちろんのこと
水遊び お花見 芝すべり 写真やスケッチ
同じ場所でも季節や時間が違うと
折々にいろいろな姿を見せてくれる
いつでもなつかしい不思議な場所です
静かに橋の上に立って
流れ続けている川を見つめていると
水が動いているのか自分が動いているのか
しっかりと立っているはずの足元が
しだいに心許なくなってきて
ぐんぐんと川上へ連れていかれるような感覚に陥ってしまいます
せせらぎに始まる大河物語 めぐみ
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めぐみさん、おはようございます。「かわ女」ですか。サラサラと春の小川もいいですね。私はハマっ子ですが、山が好きです。せっかちですから、どかんと動かないものが好きです。
せせらぎに始まる大河物語 いいですね。
山も好きです(^^)
丹沢縦走単独行(といっても一泊ですが)を成功させた時には
大人になった気分でした
白馬に連れていってもらった時には山頂は大荒れで視界ゼロ
お花畑はどこ・・・
山にも楽しい思い出ばかりです
めぐみさんのエッセイはいろんなことを思い出させてくれます
幼いころ祖母の住む家の近くの川は私にとって海のような大きさでした
いとこたちと土手に立っては向こう岸も山も見えないキラキラ光る海(川)を飽きることなく見ていました
ある日私は本当にくじらを見たと思いました
ゆうゆうと潮まで吹いていたんです
「くじらだっ!」といとこたちに教えてあげました
それが白昼夢だったかどうかはわかりませんが、いまでも心の隅っこで生きつづけている映像なのです
二十歳ころ
自分では「海女」と思っていましたが山登りした男性たちに「君のそのがっちりした下半身は山女そのものだよ」といわれ妙に複雑な気分になったものです。
このみさんの心のアルバムには素敵なページばかりですね
毎日をていねいに生きてきた証なのでしょう
子どもの眼はなんだか不思議で
大人には見えない物まで見えることがあるような気がします
あの時のくじらはどうしているでしょうね
「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」
川は生々流転を解り易く具現した上に、丸い時計とは違った形で時の流れを見せてくれているように思います。
川は大好き。何にも思わずドベドン(犬かき)やノシ(横泳ぎ)を教えてもらった頃がとても懐かしい。カッパだった父の背中に乗ると抜き手が川を上って行く。暑かった日の夕方の舟遊び、砂だんご、めだかすくい、、、きりがありません。
ここで突然ですが
川に例えるならばクイズ@三択です
1 時間と言うものは川上にある未来から来て過去へ流れて行く
2 私たちは水に落ちた木の葉のように、流れに任せて未来へと下っている
3 もしかしたら、懸命に未来へ、川上へと舟を漕ぐことを課せられている
いつもスケジュール通り、ありがとうございます。
めぐみさんのエッセイや皆さんのコメントのおかげで、暫しの間、橋の上に立って時が流れて行くのを見ている自分にさせてもらえそうです。
チョコレートもありがとうございます。
お父さんの背中に乗って川で遊んだかけがえのない記憶は
きっといつまでも色あせることがないですね
三択クイズはどれも正解なのかな 落ち着いている時は1番
少し投げやりな気分の時は2番 ちょっと元気な時には3番の気分です
2次元チョコレートですが どうぞたくさん召し上ってくださいね
「ひらがな暦」をぱらんぱらんと読んでいます
めぐみさんのお誕生日にはどんなことが書いてあるのかな~~と見てみましたら。。。なんと「路地の日」!
先日めぐみさんがブログで取り上げられていた記事そのもの。。。
もしかしたらめぐみさんはおーなりさん?おーなりさんはめぐみさん?と思ってしまうほどお二人は似ていらっしゃるような気がします
私は4月20日生まれ。「穀雨」の日です
以前作った歌に
穀雨の日生まれしわれは降り注ぐ大地潤す雨になりたい
というものがあります
とある短歌誌で有名な歌人さんに取り上げていただき添削をしていただいたのですが最終的に出来上がった歌を誉めていただいたもののまったく別な歌になってしまい残念ながらその歌を記憶していません
はじめに作った自分の歌しか。下手ですが好きな歌です
おーなりさんのどのページを開いてもやさしい季節を感じています
このみさんが生まれた時にも
やわらかな春の雨がふっていたのでしょうか
いい季節にお誕生でしたね
添削というのはとても難しそうです
一字の違いで見違えるように生まれ変わることもあれば
全く作者の意にそぐわなくなってしまったりするし
大地潤す雨になりたい の七七には勢いと意思があって いい歌ですね
季節は少し遡りますが、十月の終わりごろ、鮭の遡上が始まります。ニュースの中でしか知らなかったそれが身近な川で起きている、それが今更ながらの発見でした。
蛇行している川の瀬に水鳥、烏、鳶がずらりと並び 一様に川下を凝視している。その中にちゃっかり人間もたっていて投網をかまえている。不思議というかユーモラスというか、鮭を獲るという目的が一致している雑多な集団が共存していたのでした。
久しぶりに故郷の川にたどり着いた鮭にはさぞや迷惑なはなしだったでしょうが。
今ごろ鮭の社会では
住みにくくなってきた地球環境についての傾向と対策
という議論が白熱していることでしょうね
川の中にも大きな世界があるのですから
それにしても 魚も鳥も人も動物なのに
人間だけいばっているのが気になります
三択クイズの答は、どれににしようかなかみさまのいうとおり。
凡人には永遠の謎ということで、、、
解るのは、時間というものはワタクシとは関係なく宇宙の続く限り存在しているということ。時間と空間の存在そのものがこの宇宙なのです。しかし、ワタクシの時間は、ワタクシ固有のもので長くなったり短くなったり、色や音がついたり、止まったり戻ったりするものなのですよね。
川も誰も見ていなくても黙々と流れています。でもね、ワタクシの眼に映る川は、心に映る川は、ワタクシに流れる時間とともに様々な姿でそこに在るということなのでしょう。
難しいけれど分かるような気もします
自分の時間は固有のもので長くなったり短くなったり
というところは特に実感できます
その一番不可解な人間の心を詠むのが川柳なのでしょうね
たいそう大きなものに出会ってしまいました
でも川柳との それから川柳を愛する人たちとの出会いに感謝です
皆さんのおはなし 私には難しくて。
私の川は 小川です。せせらぎです。ネコ柳のある川です。丸木橋があれば申し分ありません。そこにめだかの私の世界があります。
余計なことですが・・美空ひばりは嫌いです。
せせらぎに始まる大河物語 いい句です。
小川といえば春の情景が浮かぶのは
繰り返し聞いてきた童謡のせいでしょうか
丸木橋にメダカ いいですね 物語が始まりそうですね
いろいろとイメージのふくらみそうな素敵なスポットです
ZXC さんのお近くにもそんな場所がありますか
小川も 鮭の上る川も
もちろんくじらの川も
今日は誰もが「めぐみ川」に合流です
この優しさあふれる川のほとりを
ゆったりと流れる時間を楽しみながら
みなさんと歩いていく自分がうれしい
それぞれがそれぞれの想いを抱いて歩きながら それでも
時間と空間を越えて少しだけつながっているみたいな
不思議な感覚がありますね
いつもありがとうございます