平凡って何?
「平凡」の意味を国語辞書で調べると、『特別すぐれた所や変わった点が無い様子』(新明解国語辞典 第五版/三省堂)と説明されてあった。人間のことについての記述なら「特別すぐれた所」は何とか分かるが、「変わった点」は引っかかる。「平凡な人間」と称する人がいて、その人に「変わった点」が無いとはっきり言い切...【続きを読む】
「朝明」の空
大阪にいる娘夫婦に平成30年4月、私にとっての孫娘(初孫)が生まれた。前年の秋に娘の妊娠を知った時、孫が生まれたら毎月1回孫の顔を見に大阪へ行ってやろうと、実は生まれる前から密かに決めていた。娘夫婦もそれほど迷惑がっている様子でもなさそうなので(勝手に厚かましく私がそう思い込んでいただけだったかも...【続きを読む】
スーパーの達人
無職の年金生活者となってから4年近くになるが、スーパーへはほぼ毎日のように行っている。コロナ禍を踏まえれば、行く回数は少し減らした方がいいのだろうが、新聞の折り込みチラシは日々必ずチェックしているので、どうしても安い品物を見つけると買いに行きたくなってしまう。
近くにスーパーが2店ある。一つは歩...【続きを読む】
「亡国論としての新しい日常」(朝明第9号から)/7-7
朝明第9号(2021年1月1日発行)特集[コロナで考えたこと]
「亡国論としての新しい日常」 三上 博史
「新しい日常」…、何という詩的な響きのある表現なのだろう。詩人ならこのタイトルで一編の詩が書けるだろうか。小説家でも何か短編ぐらいは書けるだろう。十七音短詩型の川柳だと、このフレーズ...【続きを読む】
「どうしよう?どうしよう!」(朝明第8号から)/6-7
朝明第8号(2020年1月1日発行)特集[令和-捨てられるもの捨てられないもの]
「どうしよう?どうしよう!」 三上 博史
今年の三月、新元号の話題で世間が大騒ぎしている最中、安倍内閣の某閣僚がこのことでテレビのインタビューを受け、新しい元号が何になるのか全く関心がありません、と言い切っ...【続きを読む】
「川柳と出会う」(朝明第7号から)/5-7
朝明第7号(2019年1月1日発行)特集[ターニングポイント]
「川柳と出会う」 三上 博史
私は短気で小心者、猜疑心が強くてすぐ人を僻む。生まれて以来そんな性格でずっとやって来た訳だから、人に尊敬されるはずもないし、異性にはあまりもてない。酒癖も悪い。
それが三六歳の時に川柳を知って...【続きを読む】
「人生という名の旅」(朝明第6号から)/4-7
朝明第6号(2018年1月1日発行)特集[旅]
「人生という名の旅」 三上 博史
こんな言い回しの何と陳腐で面白味のないことか。長く川柳と付き合っているが、こういう発想を五七五の句に詠んだことはない。ところが、定年退職したここ数か月、そんなことに思いが及ぶようになってしまった。
平成1...【続きを読む】
「日本の近代史を遡れば…」(朝明第5号から)/3-7
朝明第5号(2017年1月1日発行)特集[原風景]
「日本の近代史を遡れば…」 三上 博史
以下に述べることは、素人の雑駁かつ荒唐無稽な歴史観である。取り敢えずお付き合い願いたい。
NHKの大河ドラマなどで戦国武将を主人公にしたものがよくあるが、正直言って、私はそういったものにほとんど...【続きを読む】
「戦後はとうに終わった」(朝明第4号から)/2-7
朝明第4号(2016年1月1日発行)特集[私の戦後70年]
「戦後はとうに終わった」 三上 博史
昭和31年生まれの私に、戦後史について語る資格がどれほどあるのか。うーん、僭越なことだなぁ…、などと思いながらも言いたいことを記したい。
日本の戦後は、もうかなり前から終わっているのではな...【続きを読む】
「順調だった今までの人生」(朝明第3号から)/1-7
私は栃木県文芸家協会(昭和48年創立)の会員である。同会が毎年1回発行している総合文芸誌「朝明」では、一つのテーマをもとにした特集欄を毎号設け、会員からこれにまつわるエッセイを募って載せているが、私も継続して同欄に投稿している。これから7回にわたり、平成26年に入会して以来私が書いてきたものを紹介...【続きを読む】
作句モードへのスイッチ
三十代から五十代にかけての10数年間、私は誌上大会やコンクールなどへの投句マニアだった。全国どこかでいつもやっているこれらの募集は柳誌などに案内されていて、見つけるとどうしても応募したくなり、作句して毎週のように投函していた。大方は大体1000円程度で参加できるものである。今もあるようだが、ミニレ...【続きを読む】
ジョギング卒業
二十代の頃から山登りとジョギングを趣味にしていたが、山登りは50歳頃からやらなくなった。ジョギングはずっと続けていて、フルマラソンの大会にも何度か出場したことがあったが、大体は毎月10キロコースを栃木県内や近県で開催されるマラソン大会で走っていた。50歳を過ぎてからは距離を縮めて5キロコースばかり...【続きを読む】
一円玉を拾う
毎夜の散歩を20年近く続けているが、歩きながらよく一円玉を拾った。10回以上になるのではないか。1回の散歩で2度も拾ったことがある。暗がりでもアルミの銀色はよく光る。比較的新しい、金色に光る五円玉も拾ったことがあるが、十円玉となるとこれは未経験である。暗がりでは余程新品の十円玉ではない限り光らない...【続きを読む】
時下、益々御清祥のこととお慶び申し上げます。
大学を卒業して何とか就職出来たのだが、最初の3年間は窓口の受付業務みたいなことをしていた。その後本格的なデスクワーク、事務仕事をする部署に異動になった。
日々の業務は予算を執行して帳簿をつけ、対外的な業務としてよく公文書を作成して郵送していた。
まず上司から公文書とはどういうものかを教え込まれ...【続きを読む】
認知、行動と合理性について
交通事故の瞬間を目撃した体験がある。長年生きていると、こういったことは誰でも結構あるのかもしれない。特にハンドルを握って何十年も運転している人間なら一度や二度は経験していることだろう。
20年ほど前、運転していた道路の先にある十字路の信号が赤だったので自分の車を停止線で一旦停止させていると、右手...【続きを読む】
片方の手袋
毎夕食後に4、50分の散歩をしているが、10年ぐらい前の真冬のある時、歩きながら手袋の片方をどこかに落としてしまったことがあった。最初は両手にはめていたのだが次第に体が熱くなってきたので外し、上衣のポケットに仕舞い込んだのだが、歩いているうちに片方が落ちてしまったようなのである。それに気がついたの...【続きを読む】
忖度の世界
「忖度」([他人の気持をおしはかる]の漢語的表現/新明解国語辞典 第五版)は、数年前に流行語にもなった言葉であるが、他人の気持ちを推し量るというのはどういうことなのだろうかと私なりに考えてみた。
組織の中で働いているサラリーマンなどは、ある意味で忖度そのものの世界に生きているようなものである。そ...【続きを読む】
60歳からのメンタルスタイル
60歳の定年になって「毎日が日曜日」の無職年金暮らし。川柳やそれ以外の文芸の集まりへの参加、所属する文芸団体の事務局用務、週一回の太極拳練習、スーパーなどへ行く日々の買い物、そして作句にブログ執筆、こんなライフスタイルで私の余生(この言い方は少し早すぎるか)は始まり、現在ほぼ4年が経過した。スーパ...【続きを読む】
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