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 無職の年金生活者となってから4年近くになるが、スーパーへはほぼ毎日のように行っている。コロナ禍を踏まえれば、行く回数は少し減らした方がいいのだろうが、新聞の折り込みチラシは日々必ずチェックしているので、どうしても安い品物を見つけると買いに行きたくなってしまう。
 近くにスーパーが2店ある。一つは歩いて行ける程度の近さ、もう一つは大手系列の店舗で歩いて行くにはいささか遠く、自転車で行くのが適当な距離の所にある。この2店のチラシをじっくり眺めてどちらが安いか比較検討する。これが週2回程度の楽しいお勤めのようになっている。1週間あるいは数日間の売り出し方法がある程度パターン化されているので、卵、牛乳、パンなど、我が家で常に食する食料品がいつも何曜日に安いかを読み解けば、ベストでリーズナブルな買い方が分かってくる。これに祝日や年末年始が絡んだ大特売・大安売りがあるので、そういったバリエーションのパターンもスマートに学習しておくことが大切である。
 以前にも話したと思うが、オトリのような数量限定の格安商品は開店して午前中に行けば必ずゲットできる。ここが毎日やることがない無職生活者の強み。勤め帰りの夕方繁忙時にのこのこ店へ向かって行っても既に売り切れているのが必至なのだから、仕事を持っている輩には無理な買い方である。
 スーパーでの買い物のコツとしては、今まで述べてきたチラシの研究もあるが、さらに値引きそのものについての考察も大事である。まず総菜関係の値引きであるが、閉店時刻が近づくと、総菜や弁当の値引きが始まる。私の行く2店は閉店時刻がそれぞれ違う。8時と9時。当然、前者の方が値引き開始が早く始まる。また2割、3割から更に半額へと段階的に安くなる時刻は閉店に近づいた1時間くらい前の頃となる。私の方は夕飯を早く済ませているので、食後の夜の散歩の途中に店へ立ち寄って翌日のために値引き総菜などを集中して買うというやり方をとっている。この手で値引きの食料を買い漁っている仲間(?)は他に結構見かける。東南アジア系の特定技能実習生のような若者も中にはいる。日本での勉強は職場だけでなく、買い物でも学んでいるようだ。
 値引き商品には賞味期限が近づいて売れ筋にならなかった、在庫一掃みたいなものも陳列されている。これは考え方、気持ちの問題だと思うが、私はこういった期限の表示についてはあまり頓着していない。とりあえず日付を単に記しただけのものと解釈している。私はもともと神経質な性格だが、そこら辺りの考え方はフレキシブル、いやいい加減な感覚で扱っている。そもそも賞味(この言い方はかなり主観的だと考えられるが)や消費の期限に科学的で明確な根拠は存在しないのではないかと考えている。
 食品の保存期間ということについては、学生時代にこんな経験をした思い出がある。友達の下宿へ遊びに行って、深夜にお腹が空いて何か食べようと四畳半の部屋の中を二人で探したのである。コンビニなどはまだ普及していなかった時代だから、真夜中の空腹は大ピンチ。しばらくしてレトルトのカレーが一つ出てきた。しかし、当時の品質保証期間みたいな表示と製造年月日を見ると、2年の保証期間を1、2か月程度過ぎていた。その友達は、期限の切れたものは食べられないと言い出したので、私は、それでは俺が食べると言ってお湯で温めて食べてしまった。友達は呆れた顔をしていたが、私から見れば、何と神経質な奴だといささか軽蔑したくなったのである。食べ物は粗末にするな、粗末にすると罰(ばち)が当たるぞ、という子供の頃から染みついた親の教えを守ったところもあるだ。
 話しを戻すと、スーパーで買い物をする時は店が奨める各種割引制度を素直に活用することも大事である。毎週何曜日は60歳以上の高齢者は全品5%引き、クレジット払いすればこれも5%引き、毎月何日と何日はポイントが10倍付与、こういったサービス制度はチラシの案内をもとにしっかり頭に入れておいて、どのやり方で支払うのが一番合理的で安いか、常に承知しておく訳である。ちなみに、今年の3月まで、国が盛んに宣伝していたマイナポイントの制度があったが、私はお上の言うとおりマイナンバーカードを作ってしっかり7,000ポイント(7,000円分)をゲットした。
 ステマなどと略されるステルスマーケティングの手法がある。一例を挙げれば、価格を下げましたと広告しながら内容量をこっそり減らすやり方である。一つも値下げになっていない。消費者の心理(欲望・衝動)をうまく突いたやり方である。さらに人間の感情に基づいた分析を行う行動経済学の理論がおもしろい。商品を買う選択肢のバリエーションが多いと、人間は逆に買おうとする意欲を削がれる、などという考え方には頷かされる。これらのアカデミックな話しについて私は大した知識を持っている訳ではないが、スーパーの戦略的な商法に何とか対抗して物を買いたい、消費したいという私なりの欲求の原動力になっている。知っているのと知らないとでは大違いという態度で、いつもスーパーと対峙している訳である。
 一つ思い出したことだが、子供の頃、缶コーラの原価はただみたいなもので、スチール缶(当時はアルミ缶ではなかった)と宣伝費が価格のほとんどを占めているという話しを聞いて、ものすごく印象に残った経験がある。こういった事実を知ることは、合理的な消費行動をとるうえでは大事なことだと思う。テレビコマーシャルが派手に流されている缶コーヒーとそうでないマイナーな安い缶コーヒーとの違いは、味ではなく価格に宣伝費が上乗せされているかどうかだけなのだと言えよう。そもそも、旨さが絶対的に違うという反論も宣伝に洗脳されているようなところもある。
 最後に、平成元年4月に消費税が導入されてその後何度も税率がアップされたが、増税の度に駆け込み需要が繰り返された。乗用車とかマイホームとか、その時に買い求めた人は多い。しかし増税後、駆け込み需要の反動による不況で必ずデフレが起き、結果的に増税前より安い価格で乗用車やマイホームが売り出されたのである。令和元年10月の10%への増税の際には、消費者もいい加減にそこら辺りを学習していてそんな愚かな駆け込みの手口には乗らないだろうと予想していたが、やはり広告に煽られ、踊らされてしまい、結果的に日本国民は懲りなかったようである。今後必ずあるであろう15%への消費増税の時も同じ消費行動が見られるのかもしれない。増税前に買うべきなのは日用雑貨などが精々なのであることは誰でも承知しておくべきだろう。
 以上、いろいろと書いてきたが、人間の経済行動を観察することは川柳の題材を探すことにもつながる。世の中の経済現象からいくらでも川柳は詠めるのである。



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