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 新型コロナウィルスの感染拡大が2年目に入ってしばらく過ぎた。1年目と2年目ではどう違うのだろうか。さらに3年目、4年目とどうなるのだろうか。
 私は、1年目の当初からこの大騒ぎは何年も長く続くと思っていた。いろいろな年中行事のほとんどすべてが中止となったが、これが2年目も同様に中止となることはないだろうとも予想していた。
 1回目の自粛は、人間の心理として何とか我慢して受け入れられるが、2回目となると、人間の性(さが)として辛抱が足りなくなるのではないか。緊急事態宣言も2回目は1回目よりかなり気持ちが緩んでいた。いろいろなイベント、例えば今年の春の選抜高校野球は何とか開催されたが、今後夏から秋にかけていろいろ予定されている大きなお祭りなども、やり方はどうであれ何とか開催することは確かなのではないか。これも人間の行動として理解できるものである。2回目も中止となるとテンションが相当下がり、その後の3回目以降も行われなくなる。つまり消滅してしまうのではないか。
 コロナは何とかなる、もう少しの我慢だと思い続ける気持ちで何とか頑張る。そしてその我慢を何度も繰り返し、おそらくいい加減に嫌気がさす頃にコロナは収束するのだろう。嫌気がやって来るまではなかなか収まらない。人類が観念しないとコロナは許してくれない、そんな感じがする。
 感染防止と経済活動の両輪をうまく回さなければならない。こんな言い方も盛んに使われたが、事程左様に簡単にいくものではないことは、ワクチン接種の例を出すまでもなく判明していることである。これも観念するほかはないことなのかもしれない。
 コロナが収束した世界はどうなっているか。元に戻ったとみんなで喜び合ってかつての日々の生活に還って仕事に励むのだろうか。
 経済活動は元に戻ると言えるかもしれないが、精神的にはそう立ち直れることではないと思う。マスクからの解放、アクリル板の撤去など、かつてと同じような生活に戻ろうとしても、コロナの負のイメージは心に沁みついている。生活する上でのいろいろいな衛生的手順はどんどんややこしくなっていって、これが簡略されることはないだろう。生きづらい世の中に益々なって来る。そのストレスの捌け口が必ずどこかに出てくる。それも怖い話しになるだろう。
 コロナを経験してしまった以上、もう元に戻ることはできない。無かったことにするには無理がある。そういう世界に突入したのである。改めて覚悟しなければならない。



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