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 私は栃木県文芸家協会(昭和48年創立)の会員である。同会が毎年1回発行している総合文芸誌「朝明」では、一つのテーマをもとにした特集欄を毎号設け、会員からこれにまつわるエッセイを募って載せているが、私も継続して同欄に投稿している。これから7回にわたり、平成26年に入会して以来私が書いてきたものを紹介していきたい。
 なお、同会がどのような組織でどういう文芸活動を行っているかは、栃木県文芸家協会公式ホームページ 「とちぶん」 をご覧になっていただきたい。なお「朝明」は第8号(2020年1月1日発行)分から作品全文をPDF化して、ホームページ上に一般公開している[朝明第8号]。
 もし興味があって入会したい場合は勿論いつでも大歓迎であり、このブログからでもその旨のコメントをいただければ、速やかに手続き面での対応をいたします。一応事務局長をやっておりますので(笑)。

 

  朝明第3号(2015年1月5日発行)特集[人生を変えた言葉]
  「順調だった今までの人生」  三上 博史

 のっけからこんなことを言うのも変だと思われるかもしれないが、人生を変えた言葉なんて、そう簡単に出てくる話しではない、そう考えている。おそらくほとんどの人間は、そのような言葉との出合いもないままに一生を終えるのではないか。当然、私もその中の一人である。
 さて、私の人生を変えたとまではいかないが、今も心に残っている言葉、経験がある。
 一〇年程前、まだ四〇代の半ばの頃である。健診で尿酸値が少し高いことが判って、日々、夕食後に散歩をするようになった。ある夏の夜、缶ビールを一本飲んで食事をとり、その後歩き始めたところ、さして酔っていたとは思えないのに、大した高さでもない段差でこけてしまった。左足首の痛みが増すばかりで、やむなく翌々日に整形外科を受診したところ、レントゲンで外側のくるぶしにひびが入っていることが判明。その場ですぐにギブスをつけられ、松葉杖の生活を約二ヶ月強いられる破目となった。
 今まで大した病気にも罹っていなかったのでかなりのショックだった。中一の娘がいたが、まだ夏休みの半分も終わっていない。どこにも遊びへ連れて行ってやれない。自分自身も何もやることがない、何もやることができない夏となった。どうやってギブスがとれる九月下旬までをやり過ごそうか。暑い中、気が滅入るばかり。勤め先でも最初は愚痴をこぼすだけだった。
 そんな時、職場の昼休み時間に顔を見せて世間話の相手をしてくれる保険屋のおばさんがやって来た。勿論、私のギブス姿にびっくり。同情や慰めの言葉をかけてくれたが、こちらはいつものようにぼやくことが精々で、かみ合った会話にはあまりならなかった。
 しかし、別れ際に「今までが順調だったのよ」と耳打ちされ、その意表を衝いた言葉にしばし唖然となった。帰宅してから、なるほど確かにそうかもしれないと、じわりじわり思えてきた。今までそれなりにそこそこ送ってきた人生に対して、ここらあたりで一息入れたらどうかというギブスなのかもしれない。長い人生の中でギブスの夏が一度ぐらいあってもいいだろう。娘だって、中学生になれば親にねだってどこかへ連れて行ってもらうより、友達と出かけた方が楽しい年齢に差し掛かっている。
 自分の人生は順調だった、恵まれていたと振り返る人などあまりいないのではないか。特に若い時分は、不平不満ばかりをこぼすのが普通だろう。しかし、何か困難にぶつかった時、敢えてそう思うことで、どれほど気が楽になることか。見事なフェイント攻撃のような言葉に出合ったおかげで、私は突然の逆風への対処法を覚えたのである。

 



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