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  朝明第6号(2018年1月1日発行)特集[旅]
  「人生という名の旅」  三上 博史

 こんな言い回しの何と陳腐で面白味のないことか。長く川柳と付き合っているが、こういう発想を五七五の句に詠んだことはない。ところが、定年退職したここ数か月、そんなことに思いが及ぶようになってしまった。
 平成17年に改正された高齢者雇用安定法によって、60歳で定年となっても、65歳まではサラリーマンとして更に継続して働けることとなった。年金の受給が65歳まで引き上げられ、これと連動している訳であるが、いくら平均寿命が伸びたとはいえ、さらに5年も同じ職場で働けることを素直に喜んだ者がどれほどいたのだろうか。少なくとも私は、60歳でさっさと仕事を辞めて趣味の世界に生きようと決めていた。
 定年が近づくと金融機関による年金相談会の案内が来るようになり、私も最寄りの銀行へ出掛けて行き、具体的な話を聞いてきた。
 驚いたのはその額である。厚生年金と国民年金の合計は、想像していたより遥かに少ない。平成22年に81歳で亡くなった親父の受給額の何と6割程度である。
 65歳からの年金だけによるセカンドライフは、フリーターレベルの家計状況となるのだろうか。これが「一億総活躍社会」の正体だと、私は私なりに喝破した。少子高齢化で我が国の年金運用資産が先細りになっているのだから、国民はみんな働けるだけ働け。これが社会福祉の基本政策になるのは、当たり前の話なのだとも言えるが…。
 私はへそ曲がりの性格であるから、働けるだけ働けと言われたら、余計に働きたくなくなる。実を言うと、個人的には生命保険会社の年金にいくつか入っていた。60歳でリタイアしても当面はそれで何とか暮らしていける。いずれは、かなり目減りした国からの年金がもらえる。へそを曲げたままでも、まあまあのライフプランが見込めそうなのである。
 60歳で勤めをあっさり辞めると言ったら、周囲のほとんどは勿体ないと反応した。しかし、中には、働けるだけ働いてようやく年金をもらい始めたら、すぐに死んじゃったという話も聞くから正解かもね、などと言ってくれる者もいた。
 セカンドライフというが、いくら周りから若いですねと褒められても、本気で何かを始めようとしたら、単なる道楽ならいざ知らず65歳からでは出遅れとなるのではないか。
 60歳の今の私は、定年退職して急に無職となり、しばし小休止している身である。人生の旅において、今更ながら自分と向き合っている状況にある。すべての責任は自分にあり、言い訳できるものは何もない。けれど、仕事をしなくなって、いかにストレスから解放され、心身ともに健康的な生活となったか、これは経験した者でなければ分からない境地である。この有り難さから文芸的な何かを生み出したいと、密かに企んでいる。



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