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  朝明第5号(2017年1月1日発行)特集[原風景]
  「日本の近代史を遡れば…」  三上 博史

 以下に述べることは、素人の雑駁かつ荒唐無稽な歴史観である。取り敢えずお付き合い願いたい。
 NHKの大河ドラマなどで戦国武将を主人公にしたものがよくあるが、正直言って、私はそういったものにほとんど興味がない。理由は、今の世の倫理・価値観、言い換えれば近代以降に西洋から輸入された思想が混じった考え方で物語が描写されていることに違和感を持つからである。「ほんとにそうだったのかよ」とツッコミを入れたくなってしまう場面に何度も出くわすと、興醒めしてもう観たくなくなってくる。
 こんな考えの人間は私のほかにいるだろうか。興味がないことをことさら言い立てるような人間はあまりいないだろうが、私と同意見の潜在人口はそこそこあるような気がする。
 そもそも戦国時代のドラマや小説に登場する英雄達の偉大さ比べは、食べ物の好き嫌いの議論に似たところがある、と言ったら極論だろうか。
 さて、本論として私が言いたいのは、幕末から明治にかけて現れた偉人、学校の歴史の授業で習った何人もの著名な人物に今もって馴染めないことである。敢えて固有名詞をあげることはしないが、その偉大さを素直に認めたくない気持ちが多少ある。
 日本が大東亜戦争に負けたことは、ある意味では必然的なことであった。要は、アメリカという強大な国に勝てるはずがなかった。日本の軍事戦略の拙さ、国民に対する情報統制その他、いろいろな理由が上げられるだろうが、どう考えても勝てるとは思えない国と戦ったことが日本の敗因だった訳である。
 それなのになぜ戦ったのか。学者や研究家の話しには、私なりの興味でそれらに関する本を読み、テレビのドキュメンタリー番組なども観たりするが、そういう専門的でアカデミックな次元から離れて私なりに考えてみると、近代の日本は日清、日露の戦争に勝ってしまい、のぼせ上がっていたから、というのが私の簡潔な意見なのである。大東亜戦争の敗北とは、そこまで遡るべきものだと素直に思う。
 それらの戦争に勝ったのは明治政府の富国強兵政策があったからであり、明治維新とともに軍拡主義が始まり、そこから歴史の必然として、七十一年前の終戦があったと解釈していいのではないか。
 もっと歴史を巻き戻せば、幕末に黒船がやって来て、開国せざるを得なかった。それは近代日本の幕開けでもあるが、欧米の価値観を受け入れざるを得ないことでもあった。
 日本という国は、外圧によって歴史が進展し、自らの力で変革しようとする意志を持てない農耕民族である。
 近代日本の原風景は、幕末に黒船が現れたことに尽きる。

 



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