「新しい日常」として輪ゴムが無い
性格的に些細なことに拘るところがある。世間ではコロナ騒ぎでいろいろな生活様式が変わったようだが、人と同じようなことで自分の生活も変わったなどという話題は敢えて話してもおもしろくはないだろう。我が家の自宅の輪ゴムのストックが無くなったことが一大事なのである。
コロナ騒ぎで毎日のように私が行くスーパ...【続きを読む】
格安夜行バス
平成19年の春、岡山の方の川柳大会に参加した。わざわざ栃木からそこまで出向いたのは、私の句碑の除幕があったからである。私は誌上大会にはよく応募するが、実際の大会には出向いて参加するようなことはあまりしてしない。今回の大会は句碑がいくつか建立され、それの除幕を兼ねたものであるので、その中の一人でもあ...【続きを読む】
翻訳と化粧品
昭和50年4月に大学へ入学して、私はすぐに「燃え尽き症候群」的な精神状態になった。要するにあまり勉強せず、アルバイトと山歩きのサークルに没頭していたのである。東京というところは、誠にもって飽きない世界だった。いろいろなアルバイトを経験したが、どれもが新鮮ですべてが人生勉強だった。だから大学に行って...【続きを読む】
寝坊した・遅刻した
学生時代の思い出話しだが、まだ1年生の夏の暑い時期、巣鴨に下宿していた高校時代の友達の家に、高校卒業後初めて4,5人の同級生仲間が集まり、夕方から酒を飲んで盛り上がった。高校時代のことや東京という大都会のことについての話しに花が咲いたが、それにも飽きてきて、真夜中を過ぎてようやく全員が雑魚寝して眠...【続きを読む】
「まのりれ」と「はしとち」
大学を出て、就職先で初めてコンピューターの入力作業に従事した。まだパソコンなどと呼ばれるものは無く、端末と呼ぶディスプレイと向き合っていた時代である。システムにいろいろな情報を入力するのだが、漢字に変換して入力することがまだ不可能な頃で、数字とアルファベット以外はかな入力・カタカナ表記だった。
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意味があるということ
世界は意味だらけ、いや意味だけで成り立っていると思う。意味の無いものは存在しない。非存在と同義である。
ウイルスや細胞などのミクロの中を覗くこと、宇宙の果てはどこにあるのかと考察すること、いずれも意味への探求である。これらの自然科学的な世界における意味は客観性を追求するものだから、その意味が正し...【続きを読む】
にやにやにやける
私が所属する下野川柳会の例会(投句の部)で、先月「にやける」という課題が出た。担当する選者が送られてきた句箋を自宅で読みながらいざ選を始めると、「にやにや」と混同した句ばかりであった。これに呆れてしまい、途中で選をすることを放棄して句箋の束をそっくり編集部に送り返してきた。本来の意味での「にやける...【続きを読む】
筋肉について
小学校の頃から体育は得意な方ではなかった。中学に入学すると、卓球部に入って部活を頑張っていたが、結局レギュラーになれなかった。俗に運動神経が鈍いタイプなのである。特に瞬発力が駄目で、野球やサッカーなどの球技が苦手だった。
大学1年の体育の授業でボディビル(ウェイトトレーニング)を選択し、筋肉をつ...【続きを読む】
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