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 コロナ対策については、国の対応は当初から後手に回ってダッチロールを繰り返しているように見えるが、人類が初めて遭遇するものとしてこれは仕方がないと言えばそういうものなのかもしれない。
 何とかこの感染症の拡大に打ち克ちたいという人類の要求に対して、専門家、研究者の話しが同じようなことの繰り返しではないかともどかしく感じている人は多いのではないか。私もその一人である。
 たぶんこの状態はずっと続くことだろう。まさにウィズコロナである。いつかは収束すると言えども具体的で段階的な希望を持って事態の進展を正確に予測することは難しい。
 こういった時に、医学や生命科学的なアプローチだけでなく、いわゆる人文科学的な知見に基づいた大胆な議論も必要ではないかと私は思っている。
 人文科学とは、社会に対して直接的には役に立たない学問のことである。私は哲学を大学で学んだが、哲学とは社会に有用なものではあまりない。そういった学問は、人文科学系では、文化人類学、文学、美学、倫理学、宗教学などいくつもある。そういった分野の専門家・研究者はコロナに対して内心どう考えているのか、訊いてみるとそこから発信される人文科学的に大胆な知見が思わぬ影響を与えるかもしれない。
 歴史を振り返ってスペイン風邪やペストの話題ばかりがよく持ち出されるが、それだけではないと思う。どんな無謀な話しでもいい、あっと驚くような観念的な考えを人文科学系の学者・研究者に聞きたい。そういう話しにみんな飢えているのではないか。
 感染症研究者、臨床医、専門家、有識者、政治家、経済学者、これらの人たちの話しは少し聞き飽きてきた感じなのである。



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