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 大学に入って月々の小遣いが増えたので、いろいな本を買い漁り始めた。ある時、思い切って小学館の日本古典文学全集(全51巻)のうちの万葉集(3巻)と宇治拾遺物語(1巻)を書店で買った。値段はいくらだったか皆目憶えていないが、高校生の頃では絶対買えないくらいのものだった。なぜこの二つを購入したかというと、高校で習った国語の古典について、学校で教わるものとは一味ちがった観点から自分なりのおもしろさを探究してみたくなったからである。この全集はすべて訳文が付いているので読みやすく、それが買う際の一番の決め手になった。
 宇治拾遺物語にもおもしろい説話がいくつも見つかったが、今回は割愛する。万葉集の方は学校の授業などには絶対出てこない、大学受験の問題集にも決して載っていないような歌が結構発見できた。その一つがタイトルの歌である。この3巻はだいぶ前に古本屋へ売って処分してしまったので、インターネットで改めて検索したもの(万葉集ナビ/第16巻 3832番歌/作者 忌部首)を紹介する。高校の国語の先生でこの歌を知っている方はどれくらいいるだろうか。授業でこれを教材に使うには少々勇気が要りそうな内容である。
 原文は「枳 蕀原苅除曽氣 倉将立 屎遠麻礼 櫛造刀自」で、かな表記にすると「からたちと うばらかりそけ くらたてむ くそとほくまれ くしつくるとじ」となる。この中の「刀自」は高校の授業でも習う単語で、要は女性(一家の主婦)をさす。何度も読み返すと歌意の輪郭が少しずつ見えてきそうである。現代語訳すると「 カラタチの茨を刈り取って倉を建てよう。櫛作りのおばはんよ。糞尿は遠くでやってくれよね。」となる。
 この歌に出遭った衝撃は今でも忘れられない(だからこのブログにわざわざ書いている訳だが)。こういった日常生活を切り取ったような素朴な歌は探せば他にもまだたくさん出てくるのだろうが、教科書では絶対に教えてくれない。だから試験問題にも出る訳がない。私はこの歌で万葉集における自分なりの発見の喜びを知った。
 さてその後、パリのかつてのベルサイユ宮殿の下水道事情(トイレの少なさ、糞尿臭さ)を何かの本で知った時(確か数年前のNHK「ブラタモリ」でもそれについてのことを紹介していた)に、昔の屎尿処理についていろいろと思いが及んだ。そして、この万葉集の歌も久しぶりに思い起こしたのである。
 消臭剤や芳香剤のCMが頻々にテレビで流される現代人の嗅覚に関する異常なほどの清潔観念は、歴史的にはごく最近の事情で生まれたものである。そもそも現代人は、今の当たり前と思っている感覚や価値観が昔からそのようにして当たり前に存在していたと、どうしても勝手に遡及して考えたがる傾向がある。これは大いなる幻想、錯覚、勘違いでもある。だから簡単には昔の生活に戻れないと言えるだろうか。
 以上、尾籠な話しであるがいつかどうしても書きたかったので、ここに持ち出してきた次第である。



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