二等辺三角形の長さ
高校2年の時の倫理社会、通称倫社の授業がかなりユニークだった。いやユニークを超えていた。
昭和40年代後半のその頃、日教組の活動がかなり新聞を賑わしていた。担当の先生は、どうもそれに入っているらしかった。とにかく授業をやらない。教科書を開かせて教えるということをしない。いきなり教室に入ってきて黒...【続きを読む】
クレタ島の噓つき
学生時代、西洋哲学史の本を読んでいて噓つきのパラドックスの文章に出合ったが、これがなかなか理解できなかった。それはこんな内容である。
クレタ島に住んでいるあるクレタ人が、クレタ島の人間はすべて噓つきであると言った。これは本当か噓か。クレタ島の人間がすべて噓つきなら、そう言明したそのクレタ人もその...【続きを読む】
鉄は熱いうちに打つな
鉄は熱いうちに打てという言葉を私はあまり信じない。今の教育の根底はこれがあるからうまくいっていないのだとも思っている。熱いうちに打っても駄目な鉄はいくらでもある。それなのにすべての人間に可能性があるような、教える側にとって都合のいい話で叱咤激励、鼓舞するから、いろいろな無理や歪みが生じるのである。...【続きを読む】
完全な悪人・善人
サイコパスなどは別にして完全な悪人は存在しない、という話を何かの文章で読んだことがある。凶悪な犯罪を重ねた人間でも、心の隅には仏の心がほんの少しぐらいはある。これが自然な姿である。この逆も言える。マリア様、観音様のような慈愛の塊のようなお方でも、偶にはお臍の位置が悪い時がある。これも一つも不思議で...【続きを読む】
ピンピンコロリ、人生100年時代
テレビのある医療ドキュメンタリー番組を観ていたら、そこに登場した地域医療に携わる医師が、ピンピンコロリという最期は家族に対して些か厄介な死に方だと語っていた。その理由を聞くと、突如ピンピンコロリと死んだら、預金通帳や保険証書の仕舞い場所などの葬儀や相続で必要な情報が、残された家族の誰にも分からず困...【続きを読む】
十五夜の芋虫
去年の9月中旬、娘夫婦が当時1歳半近くになる孫娘を連れて我が家へ里帰りした。4日ほどの間だったが私も楽しい時間をたっぷり持たせてもらった。
滞在中のある日近くの遊園地へみんなで出かけた。朝からずっと快晴で暑かったが蒸していなかったのでそれほどの不快感はなく、いろいろな乗り物に乗り、孫娘を囲んで楽...【続きを読む】
死への観念
先月東京の母子家庭で母親が3歳の娘を自宅に置き去りにして8日間外出し、餓死させてしまった事件が明るみに出た。何とも残酷で非情な事件である。確かこれと似たような事件が何年か前の大阪でも起きていたことを思い出した。
幼い女児の憐れさを思うと誰でも耐えられるものではないだろう。三歳とはいえ、どのような...【続きを読む】
不要なコンビニ
コンビニが本格的に広まったのは昭和50年代頃からだったと思うが、かなり普及してテレビにCMがよく流れるようになった時分「開いててよかった」という言葉を謳い文句にしていた某コンビニがあった。CMのシリーズの一つに、夜中に急に稲荷寿司が食べたくなる若い女性が登場して、我慢できずにわざわざそのためだけに...【続きを読む】
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