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 大学を5年間在籍し、もう少し留年したかったという思いを諦めて出席する卒業式は、少し遅刻した所為か会場に入れなかった。すでに満員だったのである。入口であぶれていたら、同じように留年していた哲学専攻の同級生が何人かそこにたむろしていた。式に出るのは無理だったけど、その後の卒業証書授与はどこかの教室でやるからそれには出よう、それが終わったらどこかで飲もうという話しがすんなりまとまった。
 そして予定どおりの行動となって、最後に高田馬場の居酒屋へ行った。卒業で大学生活はもうこれで本当に終わり、再び会うこともないだろうと予感しながら、これから社会人になることについて語り明かした。それぞれの就職先は大したところでもなかったので、これからの抱負などを語るような雰囲気ではなかった。
 一人が突然テレビドラマ「前略おふくろ様」の話しを持ち出してきた。それからが一気に盛り上がった。
 東京深川の料亭「分田上」(わけたがみ)を舞台にした、あの倉本聡の作品である。萩原健一主演の物語は、今でもYouTubeで何本か観られるが、板前の梅宮辰夫、鳶職の室田英男や川谷拓三、女将の丘みつ子、坂口良子、桃井かおりなどが出演していた。詳しいことはネットで調べれば分かる。
 さて、こういった出演者が個性のある演技を見せていたのだが、居酒屋で盛り上がったのはそれらの出演者ではなかった。
 丘みつ子の亭主で料亭の婿養子になっていた役のことである。桜井センリが演じていた。売れない小説家志望で、愛人とマンションに暮らしていて、偶に家へ帰ってくることもある。
 毎回「前略おふくろ様」を観ながら物語の展開にいつもワクワクしていた。その一方で桜井センリの役のことは私も気になっていた。居酒屋で誰かが酔った勢いで、「実は俺、就職して社会人になんてなりたくねえ。桜井センリみたいな生活がしたい」といきなり言い出したら、全員がそれに同調したのである。みんな考えていることは同じだった。ドラマを観て本筋を追いながらも、傍流のそのまた傍流のことが気になっている。そういう輩が期せずして集まっていた飲み会だったのである。
 それから40年、今でもそのメンバーとは誰一人として会ってはいないが、桜井センリ的な人生(あくまでもドラマの役の上での話しだが)を送っていた者はいないだろう。見果てぬ夢の一つだったのである。

 



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