Loading...Loading...

 コロナ騒ぎが起きる前の話しである。ある大病院の受付カウンターに事務員がずらりと並んで外来患者等に応対していたが、職員が全員マスクしている光景が異様であると言った人がいた。要するに、外から来る患者はそれほど汚いのか、という訳である。風邪やインフルエンザが既に流行っていない時期でもマスクを着用しているのはどういうことだ!と不快に思ったとのことだった。
 デパートの店員や空港の搭乗カウンターの係員はマスクなどしていないというのに、病院だとこうも考え方が変わるのか、確かにその人の言うとおり不自然に感じてもおかしくはない。病院だから感染防止上マスクを着けて対応すべき人はいるだろうが、それはあくまでも少数。デパートへ来る客や飛行機に乗る人たちとそれほど割合の違いはないのではないか。万が一を考え出したらキリがないだろう。なかなかおもしろい話しをするなあ、とあとからしみじみ思ったものだった。
 そもそも「汚い」とは、どういうことなのだろう。国語辞書を繙くと、「汚れ」から来ている。目に見える汚れから汚いと感じ、さらに目に見えないが不潔であると思われることをも汚いと考えるようになる。そこから派生して精神的なことに対して、乱雑な(字が汚い)、卑しい(根性が汚い)、欲が深い(金に汚い)などの意味が込められるようになってきたのだろう。目に見える客観的な汚さから心理的・主観的な汚さへ、意味の領域が拡大していった。言葉の外面的な意味が内面化されることはよくあることである。
 今回のコロナ騒ぎで、さらにそれが一挙に拡大され、感染防止という名目で新しい日常とやらが跋扈し始めた訳である。善悪正邪、真贋美醜を超えたところに汚さの高度な視点があるらしい、と言ったら大袈裟か。人類は間違いなくおかしくなってきた、と言ったらこれも言い過ぎか。

  終わったらマスク食事も接吻も   博史

 



この投稿を読んで「いいね」「参考になった」と思ったらクリックをお願いします。
なお、Facebook、Twitterなどのアカウントをお持ちの方はそちらをクリック頂き、また、「ひざポン」ボタンもクリックください(ひざポンは無記名ボタンですのでお気軽にクリックください)。

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K