26日は、Web研究会。
江戸文化についての話は、江戸の「判じ絵」。難しい課題を出されましたが、「判じもの」として江戸川柳にも出てきました。
江戸の判じ絵と、令和の街にも見られる判じもの看板などを題材に楽しい時間に…。
課題は「文房具」でしたが、漫然と概念を読むより、人生や人事と文房具の個性を重ねた句に良い句が生れました。全句を批評することにより、なぜ落ちるか、なぜ抜けるか、さらには何処に文芸性があるかなどを批評、句ごとの位置づけを確認しました。
もう一つの課題は「前」。
これも漫然と考えていると、題意と響き合わない句を生み出しがち。作者の個性を重要視する創作(雑詠)の場合はいいのですが、課題吟における句意と代の響き合いを確認しました。
ロサンゼルスのドジャース戦に気を取られながらもあっという間の2時間。
ロサンゼルスの皆さんは、口ごとに「寒い」と仰られましたが、東京も花冷えのようでした。

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判じ絵とはなんだろうと検索すると「絵で見るなぞなぞ」と出てきました。当時の川柳人は粋な人が多かったので、判じ絵川柳も小粋なものが多かったのではないでしょうか。
ありがとうございます。
判じ絵の川柳があるわけでなく、「判じもの」と称する判じ絵も含めた文字の判じものなど、人気だったようで、川柳にも現れています。
はんじもの程 こまらせる 子のつかひ 安永二鶴1
(判じもの程困らせる子の遣い)
子どもの遣いが要領を得ぬのが、判じもののようだといった句ですが、こんな句が幾つか見えます。
ある意味、現代川柳で暗喩を駆使すると、判じもののようになります。
私は、そんな時代に川柳を学びましたので、解りにくい句が多いと言われます。