5月5日、三社川柳会は、〈三社祭〉への機運が高まる境内の賑わいの中、開催されました。
「おしゃぶりの江戸っ子」も凛々しく、祭り気分が高まっています。
句会は、「折句」の基本を学んだあと、即題で折句の実習。
披講は、宿題2題と創作10句の句評を通して、作句の技量、鑑賞を深めました。
江戸発祥の川柳という文化を江戸の文化財の元で行われる環境は、一味違う川柳の会になっています。
江戸文化と川柳に興味のある方は、どなたでも参加できます。
浅草神社 日本文化継承事業のひとつ、川柳講座を覗いてみてくださいませ。ご一緒に、文化としての川柳を楽しみましょう。
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折句の基本から即題実習という流れ、理にかなった構成ですね。江戸の空気の中で折句を詠む体験は、テキストで学ぶのとはまるで違う身体感覚があるのではと想像します。折句は遊戯性が高い競吟という印象がありますが、江戸の川柳では折句は盛んだったのでしょうか。江戸発祥の川柳をその地で詠む。青森から羨ましく拝読しています。
ありがとうございます。
「折句」は、あくまでも雑俳の世界で、川柳風の一派で、ないし柳多留で行われた事はありません。ただ、四代目の人見川柳は、一時期折句の宗匠として川柳を離れていた文日堂礫川の門であった人であり、川柳風の句会とすぐ隣に折句があったことは確かです。
私どもが、川柳の会で「折句」を嗜むのは、ある程度作句に馴れてしまった柳人のマンネリを防ぐ意味で、「縛り」の中で作句するという脳トレの一環です。
作品は、どうしてもコトバから生まれ、私どもの求める内側からの創作と比べると表面的になりやすいですが、逆に自分を見詰めるという考えすぎから脱却できる瞬間にもなり得ます。
「折句」だけでなく「天地」や「上下」、「前句付」・・・などと、色々と楽しんでおります。
遊びもまた文化の一つと思いながら、求めるものを忘れないことが、長続きの秘訣と、師匠連から受け継いだ一派の手法です。
「折句」は、ある意味遊びだけに厳しいルールがありますが、その「縛り」の中で頭を使うのも愉快な時間です。
機会がありましたら、三社川柳会もお尋ねください。
ゲストとして、何かご指導いただけるようなことがあれば、嬉しく存じます。