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 6日、大原川柳会。
 「うがち」は、古典的川柳の三要素の第一。
 表面的描写になりがちの作句へ、もう一度基本に還って、発想からの見直し。それぞれ思い当たるふしにぶつかる。
 マンネリになりがちの作句に意識を新たにする意味での「うがち」の再確認。
 もちろん、現代の川柳は、古川柳の三要素を出る発想も表現もあるが、本質に立ち戻るのも大事な瞬間。
 創作の講評、課題と時事の互選評にも生かしながら…。
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大原川柳会の午後”にコメントをどうぞ

  1. 月波与生 on 2026年5月7日 at 10:50 AM :

    「うがち」の再確認という視点、興味深く拝読しました。先日公開されたYouTubeでの「うがち」の解説、動画と今回のブログを合わせて読むと、より立体的に理解が深まります。古典的三要素を踏まえた上で現代川柳の発想へ——その往還こそが創作の軸になるのだと、あらためて気づかされました。マンネリという言葉が刺さります。作句中は自己模倣という言葉もよぎります。定期的に立ち戻るべき問いですね。

  2. 尾藤 川柳 on 2026年5月9日 at 10:06 AM :

    いつもありがとうございます
    また、TyuTubeのご視聴もありがとうございました。
    過去を知り、今を知ることで明日の川柳画見えて来る事と存じます。
    もちろん現代川柳の表現領域は「うがち」の視点ばかりではありませんが、古川柳で打ち立てられた一つの手法を身に付けておくことは、川柳を考える上でも大切なことと存じます。
    おっしゃるように「自己模倣」は、他者の模倣(ある意味の私淑)より悪と存じます。
    わたしも苦し紛れに句会で過去の句を捻り直し、抜けたことがありますが、ずっと自分が嫌でした。むしろ抜けなかった方がさっぱりできたような気がします。
    作家は、ピカソのように今日の自分を塗り替えながら変わってゆく表現者にならなくてはと思います。
    が、口で言う程優しいもではありませ晏ね。

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