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 私が毎月参加している句会は3つある。いずれも10人前後の参加人数であるが、欠席投句も受け付けている。大体どこの句会でもそのようにしているのが一般的だろう。句会に参加する者のほとんどは高齢者なので、体の具合が悪くなったり、当日に急用が出来たりすることはよくある。やむを得ぬ事情が発生する場合への配慮を怠らないようにしないと、句会というものはうまく運営できない。
 以前から気になっていたことがある。私が関わっている句会のみならず大会などでも、披講される特選句や高得点句について、出席者からではなく欠席投句の作品の中から選ばれることがしばしば起きる。いやその傾向が強いような気がしている。偶然にしても度々あると何故か不思議である感じてしまうのである。
 句会や大会のクライマックスはもちろん披講の時間帯である。誰でも入選・入賞への色気があり、この時間になると参加者全員がわくわくする雰囲気になる。この醍醐味があるから川柳は止められない。喜びと落胆が隣り合わせになっているスリリングな一時に飽きることはないだろう。
 欠席投句者は残念ながらその醍醐味とスリルの蚊帳の外にいる。折角楽しみにしていたのに、よんどころない事情で来られなかった場合などは可哀そうでもある。しかし披講の蓋を開けてみると、欠席投句の作品が特選や高得点句になっていることが意外と多い。そういう人たちに対して、天にまします川柳の神様が、会場へ来られなくて可哀そうだからと情けをかけてくれてそうなったのだろうか。迷信みたいなものかもしれないが、私はそう思いたくなるのである。
 出席者の方は抜けた抜けないの競い合いで一喜一憂し、欲の塊になっている(少しオーバーな言い方だが)。神様はそういう輩は無視して、あるいはちょっぴり意地悪して欠席投句者を優先させたのか。「舌切り雀」や「花咲か爺さん」などの民話を連想する。こんな経験が頻々にあると、不思議に妄想したくなるのである。
 このことは私が参加している句会・大会だけではないような気がするのだが、読者諸氏はどう考えるだろうか。全国的な傾向ではないかと、私の妄想はさらに膨らんでいくのである。
 私の柳歴は30数年になるが、かつては全国各地で催される誌上大会へ応募しまくっていた。作句の鍛錬の場として、投句料1,000円分を同封して毎週のようにどこかへ投句していたものだった。大きな大会では数百人、いや千人を超える規模の参加者数になるので、入選・入賞を目指すには気合を入れて取りかからないといけない。自作が納得するものに出来上がれば、これで入賞したら大きな楯がもらえるかな、などと勝手に思い込むこともあった。
 しかしそういう色気たっぷりに詠んだ作品は、精々佳作程度に入選しても特選句などには滅多にならない。応募した自作が特選句になったという結果の通知とともに大きな楯や賞状が送られて来るのは、大抵投句した記憶が既に薄れているような場合である。そして改めて振り返って、その作品が確かに自信作だったと気がつくのである。入賞への色気は疾うに消えている頃に、無欲の勝利みたいに朗報が届くことが多かった。
 欠席投句者の作品が特選句や高得点句になることも、これに似ているようなまたまた勝手な妄想が働くのである。野心たっぷりでクライマックスの披講に臨み、結果は惨憺たるものだった。そんな参加者の落胆ぶりを尻目に不在の人の作品が堂々と上位に入賞する。川柳愛好者間のこのちぐはぐさが堪らなく滑稽でもある。
 ちなみに私の入賞歴を振り返ると、岡山県笠岡市と群馬県太田市に私の作品の句碑が立っている。いずれも大会で特選句・最優秀句になったものである。前者は誌上大会、後者は都合により欠席投句したものだった。そしてその朗報は応募したことを私がすっかり忘れていた頃に届いたものである。句碑になると知らせを受け取った時はもちろん一人で大感激したが、川柳の神様はその無欲の勝利の一部始終を天から眺めていたのであろうか。
 「果報は寝て待て」という諺がある。「寝て待て」は怠けていてよいということではなく、やれるだけのことはやって、その結果は気長に待つものだということが本来の意味らしい。「人事を尽くして天命を待つ」に似ている。これを作句に当てはめるとどうなるだろう。一生懸命に思いを巡らしながらも、素直な作品を詠もうと自然体になることが大切なのではないか。そこからいつか花が開くというものである。入選・入賞は勝ち取るものではなく、天から降りてくるものなのだろう。
 今では大会などへ参加することはほとんどなくなってしまったが、かつて楯や賞状を集めるために自作を大量生産(粗製濫造?(笑))していた頃のことを俄かに思い出してきた。実に若かったなぁとしみじみ振り返っている。

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