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  朝明第4号(2016年1月1日発行)特集[私の戦後70年]
  「戦後はとうに終わった」  三上 博史

 昭和31年生まれの私に、戦後史について語る資格がどれほどあるのか。うーん、僭越なことだなぁ…、などと思いながらも言いたいことを記したい。
 日本の戦後は、もうかなり前から終わっているのではないかと、ずっと思っていた。我が国の首相がさも分かったように歴史観を述べる。韓国の大統領が植民地支配や従軍慰安婦問題にもっともらしくこだわる。中国の国家主席が侵略や大虐殺のことに繰り返し言及する。これらの人間に共通しているのは、戦争を真に体験している年齢層ではないということである。戦争体験という言葉の重みは同時代的なものであり、日本人なら世代的に少なくとも大正や昭和初めの生まれでないと、その苛酷・悲惨さ、その矛盾・バカらしさは理解できないと私は考えている。
 終戦を迎えた時に何歳であったか。少なくとも二十歳ぐらいになっていないと、戦争体験者と名乗ることに少しの躊躇いがあっていい。
 例えば、親兄弟が戦死したという事実に対して、残された者の辛さ・悲しみはいかばかりであったか、その話しは分かり過ぎるほど分かるが、亡くなった当人の心情は、まさに死人に口なし、不明である。本を読んだり映画を観たりと、疑似体験みたいなことはできるが、実際はどうであったのか、すべては想像の世界になってしまう。
 戦争とは、戦争した者でなければ分からない。しかし、戦争のことを戦争していない者が論いたがる。集団的自衛権とか護憲とか、歴史認識がどうのこうのと言い立てる。戦争を知らない人間だからこそ戦争を喋りたがるところが、日本にも外国にもある。
 戦没者に対する慰霊というのも、冷静に考えれば、生き残った側にいる自分への慰めなのではないか。自分を慰め切れていないから慰霊がまだ続いているのである。
 戦後何十年という言い方だと、戦後五十年あたりが、一番実感のある思いを吐露できる時期だったのではないか。七十年では、既に戦争の風化が始まってある程度経っている。
 戦争があっての平和という論理は、それなりの説得力がある。バブル経済の周期は30年(一世代)というのを聞いたことがあるが、残念ながら戦争にも周期があるだろう。喉元過ぎれば熱さ何とか、先の大戦の悲惨さを経験した者がすべていなくなったら(三世代ぐらいのスパンか?)、テロとの戦いを含めて再び軍靴の音が響き始めるかもしれない。残念ながら、人間という存在は懲りないものなのである。

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