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 この度ようやく「川柳の神様Ⅱ」(新葉館出版)を上梓することができた。ようやくというのは決して大袈裟ではない。なんせ校正は四校までやり、その後担当編集者の責任校正となったのだから、完成までにかなり長い道程を要したのは事実である。
 なぜ四校までしたのか。これは映画の山本晋也監督のかつての口癖「ほとんどビョーキ」を思い出させるようなところが私にあったからなのである(持ち出したネタとしては相当古いが)。自分の書いた原稿なのに、改めて読み返してみるとどうしても弄りたくなる。以前に(推敲という病 | 三上博史ブログ (shinyokan.jp))という文章を書いたことがあるが、何度も自分なりに推敲して出来上がった決定稿について、校正段階でもさらに何度も弄りたくなるのである。これは正直に言って私の性分なのだからどうしようもないが、校正段階でも「推敲という病」が発症するのである。
 しかし、担当編集者も本当に辛抱強く付き合ってくれた。半年近く続いた校正作業のやりとりで「いい加減にしろよ。いつまでやってんだ!」と、怒鳴られたらどうしようと内心びくびく、ひやひやしながらも、やはり自分の病気は治まらない。ある意味で推敲依存症みたいなものなのである。根気よく付き合ってくれた担当編集者には一生頭が上がらない。と言いつつも同シリーズのⅠも三校までやったし、これから着手する予定のⅢについても、同じような病的展開のやりとりになることは必定なのだが…(-_-;)。担当編集者さん、またまた覚悟していてください。
 とまあ、いろいろと書いてきたが、皆さーん、よろしかったら「川柳の神様Ⅱ」を手に取って読んでやってください。同シリーズのⅠと併せて電子書籍化にもなっているので、スマホからでも簡単に読めます。が、相当文章をこねくり回しているで、紙のページを捲る指先の微妙な感触に些かの快感とイライラ感を感じながらも、その辺りのねちっこい事情にも思いを馳せて、冊子体の方を読み進めていった方が楽しいのかもしれません(「ほんとかよっ!」と自分でツッコむ)。

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