〈その1からの続き〉 さて、収録時刻となった。選評・添削例を記載した手持ち書類(台本)を持ってスタジオに入る。明るいスタジオの中で芸能人の方々9人といよいよご対面である。本番前ということで皆さんも緊張しているのか寡黙である。胸にピンマイクを付けてもらい着席する。
バカリズムさんが句会の進行を担当する。簡単な挨拶(これはすべて編集でカットされていた)の後、やすみりえさんと私が一句ずつ提出作品をコメントしていく。本番の幕が上がり既に覚悟を決めて開き直っている自分に気づきながらも、まだまだ緊張しまくっているもう一人の自分がいた。もう一人の自分の方の手の平は相当汗をかいていたようだ。収録中、出演者とスタジオ観覧者が何度も拍手する場面があった。私の両手は大袈裟に言えば汗でびっしょり濡れているような状態なので、手を叩いて拍手しても音は全然鳴らない。それに気づいていたので、一応私は拍手の真似事のような仕草をしていた。
作品への選評・添削はいつもやすみさんが先に発言していたような記憶がある。これは助かった。芸能事務所に所属してタレントでもあるやすみさんの聞き取りやすいものの言い方は、当たり前のことだが実に手慣れている。そういう方が喋った後に二番手として発言(イントネーションは栃木弁そのもの)するのは気持ち的に幾分か楽だった。
しかしそうは言いながらも、実は早々に私の発言が突然固まってしまった。卓上に置いていた台本に目を落としながら喋っていくのだが、途中で話す内容が分からなくなってしまったのである。頭の中は大混乱。焦る。とにかく焦る。数十秒のしーんとした場面となった。しかしバカリズムさんがうまくフォローしてくれて(何を言ってくれたかは全く憶えていない)、何とかその場は収まり、気を取り直して続行となった。このしくじりで更に開き直ってきた。どうせこれは編集で当然カットされるだろうと思ったのである。
それからは台本に基づきながらも、なるべく自分なりにその時思ったことについてアドリブを交えて発言しようと心がけた。台詞の棒読みみたいなことをしたくなかったのである。某テレビの文芸番組の講師がこれをやっていた。台本を見ながら早口ですらすらと棒読み的に喋る。そういう平板な口調のコメントをされると、視聴する私の頭の中には発言の趣旨があまり響かないのである。あらかじめ決められたことをそのとおりにしか話さないのでは、テレビ画面を観ている人の心に共鳴して残るものは少なくて、発言内容はあっさり右から左へ通り過ぎるだけなのではないか、そんなふうに考えてしまうのである。これだけは自分なりに何とか避けたかった。うまくいったかどうかは不明である(多分うまくいってはいない)。
ついに収録が終わった。振り返って1時間半くらいは要したのではないかと思うが、夢中だったのではっきりしたことは記憶にない。楽屋に戻り、用意してくれた浅草今半の弁当を食べた。帰りはタクシーを用意してくれるという。別に地下鉄で帰ってもいいと思ったが、ご配慮に甘えることにした。タクシーの中で自分なりの総括をした。やはり緊張していたことは否めない。初出演ということを考慮しても、自己採点ではとても合格点は出せないとなあ、と少し落ち込んだ。
運転手さんに、川柳のテレビ番組に初めて出たことを語りかけ、なかなかうまくいかなかったと少し愚痴もこぼしたが、運転手さんは川柳にあまり関心がないようだった。これから栃木に帰ると言ったら、まだ食べたことがない宇都宮餃子のことをしきりに話題にしてきた。話しが些か嚙み合わないこと(片や川柳番組初出演、片や宇都宮餃子の味)に気がついて、宇都宮餃子は手作りなのでスーパーなどで買うものと違ってどの店でも美味しいですよ、と教えてやって会話のやりとりは締めくくられた。それからは高層ビルの灯りが綺麗に並ぶ東京の見事な夜景を眺めながら、すいすいとした道の流れの中を浅草駅に辿り着いた。帰りの特急電車の中ではもちろん酒を飲んだ。
画面では気づかなかったのに三上さんの裡にそのようなこと起こっていたとは想像もつきませんでした。いつも醸し出す飄然さがあったので楽しく見ていました。浅草今半の弁当を食べたくなりました。ありがとうございます。お疲れ様でした。
楽遥さん、ありがとうございます。
ほんとに緊張しまくりでした。