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 テレビやネットのニュースなどで、話しの始めに「コロナ禍」で切り出す記事を多く見かけるようになった。去年の騒ぎが出た頃は「新型コロナウイルスの感染拡大の状況により」というような紋切り型の枕詞が多かったが、これはあまりにも諄くて冗長で、数か月でこのフレーズはメディアでは見事に使われなくなった。
 その「コロナ禍」も副詞的に使われていることがある。例えば、「コロナ禍、街並みはかつての賑わいが一変した」。「コロナ禍の街並みは…」などとはあまり言わない。
 最近目についてきた言い方は同じ発音の「コロナ下」である。「コロナ下の日本経済は…」などと使われている。「日本統治下の台湾は…」などの言い回しに引っ張られて出てきたのか。「コロナ下、今後の日本経済の見通しは…」などと、「コロナ禍」と同じように副詞的に使われている文章も結構目にする。
 「コロナ下」ももっと正確に言えば「コロナ禍下」とした方がいいような気もするが、「ころなかか」と発音するのもいかがなものかという暗黙の共通認識もあってこれは使われないのかもしれない。
 「新型コロナウィルスの感染拡大の状況」という事態も、既に2年目に入ってくると「コロナ禍」や「コロナ下」と手短に言い表わされ、言葉として一段と定着することになった訳である。ある意味で、コロナの日常性・自然性を感じてしまう。「コロナ2年」などと、コロナも年号のようになってきた。まさに「ウィズコロナ」の時代である。

 



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