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 大学を出て、就職先で初めてコンピューターの入力作業に従事した。まだパソコンなどと呼ばれるものは無く、端末と呼ぶディスプレイと向き合っていた時代である。システムにいろいろな情報を入力するのだが、漢字に変換して入力することがまだ不可能な頃で、数字とアルファベット以外はかな入力・カタカナ表記だった。
 この「かな入力」も、当時はわざわざローマ字で入力してかな変換するというようなことがなかった。カタカナ表記しかないのだからこれは当たり前の話しである。
 ブラインドタッチなどと呼ばれるやり方で、速く間違いなく入力することが求められる。入職して早々にテキストを配られてこの訓練をさせられた。キーボードの真ん中にある「マノリレ」と「ハシトチ」が基本キーで、右手と左手の人差し指から小指までの4本がそれぞれの音を打つ訳である。マはマッチのマ、ノは野原のノ、リはりんごのリ、というような具合でキーボードの位置を憶えさせられる。
 この業務を数年やらされてから、一般的な事務をやる部署に異動となった。それから家電メーカーが競って販売していたワードプロセッサーが普及し、結果的にはシステムの入力作業で憶えたキーボード操作が役立ったのだが、問題はパソコンの時代が到来してからである。
 Windows革命と騒がれた時期に大方の人間はかな入力からローマ字入力に転向したのだが、私はそれをしなかった。ローマ字入力で1字を入力するのに2度もキーを叩く(子音と母音)手間を考えると、かな入力のままでいいのではないか、その方が合理的ではないかと判断したのである。
 若い時分はこれで問題なかったが、50歳を過ぎた頃になると指先の動きも鈍くなり、明らかに誤入力が多くなってきた。高齢者と呼ばれることがそこまで来ている微妙な年頃に差し掛かると、アルファベットの2倍近い五十音のキー範囲をカバーして叩くことの限界を感じ始めた。要は指先が滑らかに動かなくなってしまい、立食パーティーの時のビールなどは、グラスの底を必ず小指で支えている始末である。寄る年波には到底勝てない。
 もうその歳では入力方法を今更ながらかな入力からローマ字入力へ乗り換えることはできない。完全に遅すぎる。タブレットなども恥ずかしながらかな入力である。ノートパソコンを前にして今書いているこのブログももちろんそうである。
 そんな訳で私はパソコンのキーボードを叩く時に、人に見られたくない意識に襲われる。特に平成生まれの、物心がついた頃には既にケータイもパソコンも身近にあった世代に対して、かな入力する指先は、私生活を覗かれるような恥ずかしさを隠しきれない。
 絶滅危惧種、奇人変人、はたまた隠れキリシタンと言われようがそれがなんだ(!)、子音と母音を2度打ちしない合理性が分からないのか(!)、と開き直ろうとしたこともあった。中年を意識し始めた頃である。今では懐かしい思い出の一つである。
 間違いなく私は時代の波に乗り損ねた人間の一人。「まのりれ」と「はしとち」、これがキーボードの真ん中に並んでいることに気づく者は今ではほとんどいないのではないか。



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「まのりれ」と「はしとち」”にコメントをどうぞ

  1. 橋倉久美子 on 2020年10月25日 at 11:57 AM :

    私は高校が商業科だったので、確か2年生のとき、タイプの授業があって、和文・英文・カナのどれかを選択しなくてはなりませんでした。
    和文タイプ(裏返しになった活字を拾ってガシャンと打つもの)は、和文タイプ部に友達がいたので、そこで身につけようと思い、英文とカナとどっちにするか考えたとき、英文タイプの方がカッコイイしキーの数も少ないと思って、英文タイプを選択しました。たぶん3級ぐらいは取ったと思います。
    その後長らく身につけた技を使う機械などありませんでしたが、パソコンが普及し始めて、昔取った杵柄を生かす機会が巡ってきました。指が覚えている、という感じで、すぐにブラインドタッチ(今はタッチタイピングというらしい)ができるようになりました。
    今もパソコン操作は苦手ですが、文章を打つだけなら、けっこう早いですよ。高校の授業で学んだことで、今一番役立っているのはこれかもしれません。

    • 三上 博史 三上 博史 on 2020年10月26日 at 8:44 AM :

      久美子さん、ありがとうございます。
      羨ましいですね。小生は生まれ変わったらローマ字入力にします。(笑)

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