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 記憶が曖昧で恐縮であるが、心理学者の岸田秀さんが著した「ものぐさ精神分析」シリーズの中に、なぜ人間は懲りもせず同じことを繰り返すのかについて論じた文章があった。
 同じことを繰り返すというのは、良い事も悪い事も、そのどちらにも属さないような事も含めてすべての話しについてである。麻薬・覚醒剤、万引きに痴漢、窃盗に暴行、こういったことをしでかして警察に捕まり刑務所に入っても、出所したら何度も同じことを繰り返す人がいる。懲りようとしない。勿論薬物などの犯罪は常習性ということで理解できるが、万引きなんて一度見つかってお巡りさんにこっぴどく叱られてもうこりごりかと思いきやまたもや繰り返す。精神医学・犯罪心理学的な理論と分析に基づいた再犯・累犯に対する治療法もあるようだが、岸田さんの本で説明されているのは、人間というものは今まで生きて来た自分の道をなんだかんだ言ってもすべて肯定しているのだ、と。どんな人間でも自己に対する愛があり、自分の人生を否定できない、否定したくないのである。
 身近な例を出すと、食べ物の好き嫌いなどが典型である。小さな子供ではあるまいし、いい大人がピーマンが嫌いだとか人参が食べられないとか言う。ひどいのは肉が食べられないで中高年になっている者もいる。食物アレルギーがあるという訳でもないのに、その忌避は徹底している。あからさまに貶すつもりはないが、ここまでいくともう元に戻れない。今更肉をおいしいと感じて、これまでの肉を食べて来なかった人生をやり直すことはできない。肉嫌いだった人生を否定することは、今まで生きて来た自分という存在を揺さぶりかねない。
 いつも同じようなタイプの異性に惚れて必ず振られるという話しもよく聞くことである。身の程を弁えないからそうなるのだという理屈も成り立つが、今までの自分の異性に対する関心の仕方を否定されたくないという思いが心のどこかに必ずあるはずだ。そういう恋愛感情の志向性で生きてきたのだから、今更どうしようもない。
 「君子は豹変す」などという言葉があるが、君子だから思い切って豹変できるのである。凡人にはなかなかできない。みんな過去を引き摺って暮らしている。過去の積み重ねで今の自分が存在する。
 私のことで言えば、36歳で川柳と出合い生涯の友としたが、60歳を過ぎて今更この友とお別れすることはできない。人生の半分近くを関わって来たのだからもう完全に無理である。俳句や短歌の世界に宗旨変えすることは不可能。
 何度も同じ罪を犯してしまうというのも、意志が弱いからそうなるのだということで簡単に片付けられない、もっと深い根っこがあるはずだ。どうしたら更生できるのか。真人間になって長い時間が経過し、そちらの人生の方が本当の自分であると認識できるまではどうしても過去の自分に戻ってしまう危険性があることだろう。
 若い時分に自暴自棄になったり、自傷行為を繰り返したりすると、真剣に悩みながらも、いつの間にかそういう自分を無意識の中で知らず知らず肯定しているもう一人の自分がいるのではないか。だから周りからどんな説得をされても、あまり効き目がなく元の自分に戻ってしまうのだろう。勇気を持って立ち止まり、一度方向転換して我慢しながらも長い時間が経過すると、ようやくかつての自分を客観視することが出来てそいつとおさらばできることになるのだろう。

 



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