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 バリアフリー、ダイバーシティー、ハラスメント防止、個人情報の保護などなど、いろいろな国の政策が具体化して推進され、世の中は明るい未来に向かって少しずつ改善しているように見えるが、寛容性ということに関しては低下していると言わざるを得ない。
 情報化が進展してきて誤魔化しがきかない。証拠は速やかに提出される。大目に見ることができない。物事の透明性が確保されることは望ましいことではあるが、人間の心の中には必ず闇の部分があって、臨床心理学や精神病理学がどんなに探究してもまだ解明しきれていないものが存在する。これは社会の闇にも通じるもので、社会の闇は無くなることはないだろう。
 闇は物事を裏で支えている要素にもなっている。これは無くならないし、無くしてはいけないものでもある。闇の無い光は無い。光に満ちた極楽浄土や楽園思想は、いつまでも人間が憧れるあくまでもフィクションの世界のままで存在するなら問題はないが、まともにこれらの実現を信じていたら、人間も社会もおかしくなってくる。
 みんなが暮らしやすい社会には、人間関係を陰で支えている曖昧な部分が必要である。明瞭さに満ちて曖昧さの部分が小さくなれば、人間も社会も寛容性が少なくなってくる。それが現代というものか。



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