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 3年前の4月に自分の車で交通事故を起こした。物損だけでなく人身事故だった。
 その日の午後、いつもの太極拳の練習があって3時半に終わり、帰宅するために行きと同じように運転して小さな十字路を渡ろうとした。止まれの標識があったので一応停止しようとした。通り慣れていて車などほとんど通らないところだったので、右を見て車が来るかを確認したが、左の方はどうせ車など来ないだろうと思い込んで徐行からゆっくり発進してしまったのである。見通しがいいところだったが、なんと左の方からゆっくりと車が来ていて、その車の側面にぶつけてしまったのだ。スピードは出していなかったので大きな事故には至らなかったが、相手の車の後輪に衝突したのでその車は走れなくなり、レッカー移動となった。
 交通事故を起こしたのは久しぶりである。20代には物損事故やいわゆる自爆の事故を何度かやったが、その後30代になってからは無事故無違反に近い立場でハンドルを握っていた。いわゆるゴールド免許になっていたのである。
 自分の運転スタイルは、スピードも出さず急発進・急停止もせず安全運転を心がけているつもりだったのだが、一つだけ欠点があった。見切り発進・発車である。信号が黄色から赤になろうとしても平気で突っ込むように交差点へ直進したり、一旦停止のところでは、どうせ車など来ないだろうと甘く見て、きちんと停止せず徐行状態で大した確認もせず加速発進したりして、ヒヤリとすることが何度もあった。いつか事故を起こすのではないかと思っていたら、案の定やってしまったのである。
 事故の被害者は私とほぼ同年齢の女性で、小学生の孫を同乗させていた。お孫さんの方は怪我がなかったが、女性の方は腰を少し痛がっている様子だった。その後の対応として警察を呼んで事故の検分を行い、それで一応はその場の処理は済んだ。
 それから双方の保険会社同士の対応と処理になるが、連絡した保険会社の方から、ほとんど私の過失になるだろうと説明された。これは当然予期していたことなので納得したが、保険の担当者からは、一応菓子折でも持って先方へ謝りに行って誠意を見せたらどうか、と勧められた。さほど遠くないところに住んでいるようだったので素直に承知した。
 さて翌日電話をかけると、被害者の相手は物凄い剣幕で怒鳴り始めた。事故当時のあなたの対応の仕方に不満がある。現場での謝罪が足りなく誠意を見せていない、などと受話器の向こうで喚き、顔も見たくないから会いに来るなと自宅への来訪を頑なに拒んだ。整形外科に通院し始めたとも話した。この一部始終を担当に話すと、その担当に対しても被害者は電話でかなりきつい言い方で事故についての不満をまくし立てたようで、私の電話での対応を聞いてそれでは来訪はひとまず置いて様子を見ましょうということになった。
 物損事故の方は、過失割合で少し揉めたが、私の方で素直に降りて85%私に過失があるということで示談となった。そしてそれぞれ車の修理を行った。
 問題は人身事故の方である。腰部の打撲ということで、通院をずっと続けたようであった。しかし痛みはなかなか退かないので、結果的には1年以上定期的に通院したらしい。その間、警察に診断書(全治2週間)を提出したので、私の方は、事故を起こした一時停止違反という扱いで交通違反点数が4点が付くこととなった。ゴールド免許は次回の更新で確実に消える。事故により車の保険料が3割増しになることは覚悟していたが、ゴールドが消えるのは痛かった。ネットの保険に入っていて、ゴールドかブルーで保険料もかなり違うからである。
 その後先方は痛みがひかないことから後遺障害を申請してきて、それがこちらの保険会社に認められなかった。さらに弁護士と相談できる特約を自分の保険に入れていたので、それも行使した保険会社間の交渉があった。結果的に2年近く経過してようやく示談となったが、いくらの示談金になったかは知らない。
 今回の事故で、当初私は本当に申し訳ないことをしたと思い、ある程度のお金を包んで謝りに行こうとさえ思ったくらいだったのである。しかし、保険会社からそこまでする必要はないだろうと言われて止めた。
 その申し訳ない気持ちがある日を境に変わった。それは警察に診断書を提出された時である。あれだけ謝ったのにそこまでするのだろうか、かなり疑問に思ったのである。不注意とはいえ悪質な運転ではないはずだ。そこで私の気持ち、考え方が変わった。
 交通事故というのは、起こした方が起こされた方より現場で動揺するという。私はそのとおり、何十年かぶりの事故で動顚とまではいかないがかなりうろたえた。110番へ電話するのもなかなかできなかったくらいだった。まさかの事態だったのである。
 実は20年近く前に、朝の通勤で田舎道を走っていて高齢者の車に横からいきなりぶつけられたことがあった。道を間違えて慌ててUターンしようとしたらしい。状況として私の車の運転席のドアが凹んで開かなくなったのである。人身事故にまでは至らなかったが、その方はかなり狼狽してその後の事故対応を何も出来ず、私の方が警察への連絡などを一切行った。大正生まれの方で、当時まだ元気だった私の父親よりも年上の人だった。ショックで心臓発作などを起こしたら大変だと私なりに心配して、こちらも激怒するようなことは一切しなかった。
 今回の事故で私は動揺したが、相手はそれを慮ってくれず悪い印象だけを私に持ったようなのである。そこが残念だった。
 その後、私の運転は前より安全運転になった。見切り発進はなくなった。確実に一旦停止するようにして、信号も黄色になったら止まるように心がけている。



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