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 悪筆が直らない。齢を重ねるにつれ段々ひどくなってきた。老眼も進行し、指先も若い時ほど器用に動かなくなっている。画数の多い漢字は、いい加減に縦横斜めの線をぐじゃぐじゃ書いて誤魔化す時もある。何か大事な書類の場合はゆっくり落ち着いて書こうとするが、滅多にそういうことはない。自分の名前も無手勝流の変な草書体になってしまう。
 それでも、パソコンやワープロが無かった昭和の時代の若い頃は仕事で作成する公的な文書も手書きが多かったので、対外的に失礼のないよう丁寧に書くよう心がけていたのである。日々ボールペンで文書を作成していたので、ペンの黒インクが数か月で無くなったが、その減り方、無くなり方がいかにも仕事をしたという感じで心地よかった。
 ところが、ワープロが普及してキーボードを叩くようになってからは、ペンを握るよりキーを打つ時間の方がはるかに多くなり、読める漢字も素直に書けなくなってきた。そして五十代となり、国語辞典をひいて簡単な漢字の書き方を改めて調べている自分を悲しく思い、ほんとに年老いたなぁと実感する日々を送るようになった。
 パソコンの入力も指先の老化は隠せない。若い世代が瞬く間にキーを打って文章を作成していくスピードは、もう到底私には望めない世界の現象である。これも悲しい現実である。
 きちんとした文書のみにならずメモ用紙程度のものに何か字を書く時でも、必ず丁寧にペンを動かす人がいるが、そういう人の頭と指先の関係が私には理解できない。私は、メモを取る際になるべく忠実に人の話しを書き取ろうとすると、速記みたいな感じでペンを走らせ、自分だけが読めればいいやという世界に入ってしまうのだが、いついかなる時にも丁寧に書く、書ける人の脳味噌の構造がどういうものなのか覗き込みたいくらいなのである。考えてみると、私は若い頃、いや子供の頃から悪筆だったのである。そして内心それを恥と思っていなかった。だから今でも続いているのだろう。

 



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