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 前回からの続きのようになるが、東京の学生時代は回転寿司にもよく行った。今でも憶えているのは、高田馬場駅近くのビルの地下にあった某チェーン店。一皿90円だった。
 昭和50年代前半の当時、私が外食にかけるお金はだいたい200円台から300円台。これくらいが大学生の平均だったと思う。だから、回転寿司で4皿食べると360円。これが限度となる。でもたまに食べる寿司は高級料理なのでもう1皿食べてもいいだろうと、勝手に自分を納得させていつも5皿(450円)食べていた。「舎利」は機械ではなく人の手で握っていて今よりかなり大きめだった。それでも満腹にはならない。無料食べ放題の「がり」をよく食べ、これまた飲み放題の「上がり」を何杯も注いでは飲んで必ず何とか腹を満たした。
 その習慣が今でも直らなくて、回転寿司に出掛けると寿司を口に入れては条件反射のように上がりをよく飲む。この癖は死ぬまで続くのだろうか。2歳の孫娘といつか回転寿司に行けるようになった時、おじいちゃんの変な習性を覗かれてしまうのか。
 ついでに話すと、海なし県で生まれ育ったので、子供の頃に寿司といえばお稲荷に海苔巻きのことだった。干瓢の特産地だったので、お稲荷にも干瓢が巻かれているのが当たり前だった。昭和40年代半ばの中学生の頃、近所にようやく寿司屋が出来て、生魚の切り身が載った握り寿司を出前で初めて食べたと思う。当時、握り寿司のことを地元では生寿司と呼んでいた。もちろん贅沢な店屋物だった。

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