セロリの個性
東京へ出てくるまでセロリを食べたことがなかった。そんな洒落た野菜を食べたいと思うほどの興味もなかった。
初めて食べたのはラーメン屋だった。ラーメン屋で偶にご飯ものを食べる時は炒飯か中華丼などを注文していた。
大学5年の毎日が暇な生活を送っていた時、下宿近くのラーメン屋でその店では初めての中華丼...【続きを読む】
食べ過ぎた麻婆豆腐と四つん這い
食べ過ぎの経験というのは誰でもあると思うが、私の人生で最悪の事態は大学1年の時だった。
2年生に進級する前の3月の春休み、入学時から入会して活動していた山歩きのサークルの合宿があり、その日の夜行列車で東京駅から愛知県作手村(現在の新城市)の方へ向かう予定だった。
当日の夕飯に麻婆豆腐を無性に食...【続きを読む】
力うどん
高校へは電車通学をしていたが、駅を降りて毎日通る道に蕎麦屋があった。毎年冬が近づくと「力うどん始まりました」の貼り紙が貼られていた。私は力うどんがどういうものか全く知らなかった。漢字の「力」を片仮名の「カ」と読むのかと思ったりしたが、やはり「ちから」と読むのだろうと理解し、力が付くうどんとはどんな...【続きを読む】
チェビシェフの定理について
前回は高校2年の時の話しだったが、今回は3年生の時のバカバカしい逸話である。
今と違って当時は、3年生になって進路(進学)のコース分けがあった。私の選んだのは私立文系コースだった。東京の大学にどうしても行きたかった。地方の国立(地元)大学を志望して受験する余地は全く無かった。親元を離れて好き勝手に...【続きを読む】
二等辺三角形の長さ
高校2年の時の倫理社会、通称倫社の授業がかなりユニークだった。いやユニークを超えていた。
昭和40年代後半のその頃、日教組の活動がかなり新聞を賑わしていた。担当の先生は、どうもそれに入っているらしかった。とにかく授業をやらない。教科書を開かせて教えるということをしない。いきなり教室に入ってきて黒...【続きを読む】
クレタ島の噓つき
学生時代、西洋哲学史の本を読んでいて噓つきのパラドックスの文章に出合ったが、これがなかなか理解できなかった。それはこんな内容である。
クレタ島に住んでいるあるクレタ人が、クレタ島の人間はすべて噓つきであると言った。これは本当か噓か。クレタ島の人間がすべて噓つきなら、そう言明したそのクレタ人もその...【続きを読む】
鉄は熱いうちに打つな
鉄は熱いうちに打てという言葉を私はあまり信じない。今の教育の根底はこれがあるからうまくいっていないのだとも思っている。熱いうちに打っても駄目な鉄はいくらでもある。それなのにすべての人間に可能性があるような、教える側にとって都合のいい話で叱咤激励、鼓舞するから、いろいろな無理や歪みが生じるのである。...【続きを読む】
完全な悪人・善人
サイコパスなどは別にして完全な悪人は存在しない、という話を何かの文章で読んだことがある。凶悪な犯罪を重ねた人間でも、心の隅には仏の心がほんの少しぐらいはある。これが自然な姿である。この逆も言える。マリア様、観音様のような慈愛の塊のようなお方でも、偶にはお臍の位置が悪い時がある。これも一つも不思議で...【続きを読む】
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