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 午後六時を過ぎた頃だろうか、二人は玄関を出た。もうすぐお正月、慌ただしさが既にピークになっている時期、商店街に近づくと忙しく歩く人の数もかなり多くなっていた。
「パパ、お店に行く前に駅ビルの本屋に寄って行っていい?参考書を買わなきゃいけないの」と、真衣が歩みを止め、隆一の方へ向き直った。
「別にいいよ。まだ時間はあるし、付き合うよ」と隆一は同意した。
 一旦駅まで行って、それから商店街を逆方向に戻る経路でシエーナに向かうこととなった。新年を迎える色とりどりのイルミネーションに二人は目をやりながら駅ビルに着いた。二階にある書店はさほど混雑してはいなかった。大学受験向け問題集・参考書のコーナーへ向かって、真衣は真っ直ぐに進んで行った。隆一は雑誌コーナーへ行き、ゴルフの月刊誌のページをめくった。ソフトウェアの開発会社で毎日帰りが遅く、たまの休日に芝生の上を歩くのが一番の息抜きになる。そしてゴルフの腕前がさらに上がれば、ストレス発散がうまくできるというものである。
 真衣が選んだ生物と化学の参考書は大学受験用のもので、隆一も一緒にレジへ行って支払いを済ませた際『来年はいよいよ真衣も受験か』と思った。それから書店を出たその直後である。
 駅ビルの広い通路のアイボリー色の床に、一人仰向けに横たわった四十代から五十代と思われる男性を十数人が囲んでざわついている。隆一と真衣も近づいて行った。
「息が止まっているぞ!」と言う声が飛び出した。連れと思われる女性が必死になって、何か喚いている。
 一人の医療関係者と思われる三十代前後の青年が急に現れた。容体を診てすぐに「誰かAEDを探して持って来てください!」と叫んだ。そして胸骨圧迫、さらに人工呼吸を試みようと膝をついて両手を動かし始めた。
 とその時である。真衣は買った参考書の袋を隆一に押し付けて、エレベーターホールの方へ向かって行った。周りの人間は取り巻くだけでなす術もなく立っている。胸骨圧迫と人工呼吸はずっと続いたが、意識は戻らない心停止の状態が続く。連れの呼びかけにも全く応じない。
 どれくらいの時間が経過しただろうか。真衣が戻って来てAEDを青年に突き出した。青年はその手際のよさに簡潔な「ありがとう」を述べ、すぐにAEDのバッグを開いた。それからの見事な手順は、周囲の目を釘付けにした鮮やかなものだった。



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